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江戸のベストセラーシリーズ vol.1

為永春水『春色梅ごよみ』

現代語訳:磐城まんぢう

難解な江戸の草紙を、現代の言葉で。今も昔も変わらない、粋な人情と恋愛模様。

もとが面白いから面白い!
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主な登場人物

米八

惚れた男に一途な芸者。

お蝶

丹次郎の許嫁。苦労人。

此糸

売れっ子のスーパー女性。

お由

女伊達の勇み女性。

物語:全十二巻あらすじ

巻之1

巻之2

巻之3

巻之4

巻之5

巻之6

巻ノ1 第1コマ〈本文抜粋〉

野に捨てられた ()ちかけの(かさ)のたもとにひっそりと水仙(すいせん)が咲いていた。

(しも)よけほどの()びしい住まいはそんな風流なものでないが、まばらな柾木(まさき)の垣根の外は薄い氷を張った田畑があって、心融け合う裏の借家も住めば都というものだ。

(なか)(ごう) は、わずか五、六軒ばかりの粗末な長屋が立つ集落である。最近そこに一人の男が越して来た。年のころなら十八、九……けっして悪い人柄でないが運がなく、貧しい上に半月ほど前から病の床に臥したものだから、生活にこと欠きながら布団の中でコンコンと咳をしていた。男の名を 丹次郎(たんじろう)と言う。

身体の調子は良い日もあれば悪い日もあるものだ。その朝は比較的調子が良かったので、ゆがんだ敷居の障子を少しばかり開けて外を眺めたのだ。隙間から吹き込む強い冷たい風で身体をブルルッと震わせ顔をしかめたとき……

ふと、門の戸に見慣れない一人の女が立っていた。女は家の中を気にしながら、やがて、

「少し御免なさいまし、少し御免なさいまし……」と声を挙げた。

丹次郎 (たんじろう)は不思議な顔をして「はて?どなただったかな?」と障子の隙間から女に問うた。

「そう言うお声は若旦那さんでございましょ?」

女はそう言ってさも嬉しそうに家の敷地に駆け込んで障子を開けたのだった。

その美しさに 丹次郎(たんじろう) は目を奪われた…… 上田太織(うえだふとり)の鼠色の棒縞(ぼうじま)、黒の小柳に紫の山まゆじまの縮緬(ちりめん)鯨帯(くじらおび)として、下着はお納戸(なんど)の中形縮緬、おそこ頭巾(ずきん)を手に持って、乱れた(びん)島田髷(しまだまげ) は艶やかで、素顔自慢か寝起きのままか、つくろわない花の笑顔の目もとに愁いを浮かべている……。

丹次郎 (たんじろう)は見覚えのある女に思わず声をあげた。

「お (よね)じゃァねぇかい!どうして来た?オレはここに隠れていたのにまさか知られるたァ思わなかった。まぁまぁこっちへ来なよ、こいつは夢じゃァねえか……?」

と、座りなおして女を家に招き入れたのである。その女の名を 米八(よねはち)と言った。

「わちきゃァもう知れめぇかと思って胸をドキドキさせて、そりゃもう急いで歩いたもんだから、あァ、苦しい……」

米八は胸を叩いて「咽がひッつくようだ」と笑いながら 丹次郎(たんじろう)の側に座ると、彼の顔をつくづく見つめ、

「おまはんは (わずら)っていらっしゃるのかえ?それに……ずいぶんと()せたんじゃないかい?まァ顔色も悪い、真っ青だヨ!いつから悪いんだい?」

と心配そうな口早で立て続けに聞く。

「ナニ、十五、六日まえからヨ。たいそうな事でもねぇが、どうも気が (ふさ)いでいけねぇ。それはいいが、お前さんはどうしてここを知った?聞きてぇ事もたんとあるんだ」

丹次郎(たんじろう)の目が泪ぐむ。

「今朝〝 妙見(みょうけん)さま〟へお参りに行くつもりで家を出ましたノ。ホントに不思議なことサねぇ、お前様がこんな所に御在宅とは、ほんに夢にも知らなかったんだがネ……」

米八はここに来るまでの経緯(いきさつ)を語り始めた。