雷神の門 大運動会
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両班(リャンパン)と山賊
はしいろ☆まんぢう作品  

 釜山(プサン)を発った末蔵は、東莱(トンネ)、機張(キジャン)と経由して、梁山(ヤンサン)では右手に早春の千聖山(チョンソンサン)を眺めながら、その雄大な姿に胸を膨らませてゆっくり北上した。
 村と村をつなぐ交通といっても当時のことだから、うっすらと窪(くぼ)みのあるようなところを辿(たど)る野歩きのようなもので、まだ残雪のある道は果てしなく続く。街道沿いの宿泊場所といえば藁(わら)ぶき屋根の簾(すだれ)で囲っただけの“酒幕(チュマク)”と呼ばれるそれで、居酒屋を兼ねた日本で言う旅籠屋(はたごや)の役割をなしてはいるが、それも歩いても歩いても稀に見るだけで、運悪く通り過ごしてしまえば野宿で一夜を明かすしかない。
 そうして五日ばかり歩いて密陽(ミリャン)という農村に到達した。大きな屋敷を見つけた孫六は、
 「今晩はあそこに泊めてもらおうじゃないか。毎晩野宿では身体がもたん」
 と、まだ太陽が西に傾いてもいないのに、とっとと屋敷に向かって歩いて行くので、仕方なく末蔵もそれに続いた。孫六は屋敷の庭にいた官人と思われる男をつかまえ、流暢(りゅうちょう)な朝鮮語で「漢城府へ向かう倭国(わこく)の者だが、今晩泊めてはもらえまいか?」と交渉を始めた。すると間もなく家主である朴(ぼく)氏を名乗る在郷の両班(リャンパン)が出てきて、ニコニコ笑いながら二人を屋敷内に招き入れた。その会話の内容は、三ヶ月ばかり朝鮮語をかじっただけの末蔵には理解できなかったが、後で孫六に聞いたところでは、
 「対馬の使者がたびたびここを通る時よく宿を提供しておるそうじゃ。なんでもそのたびに気前よく支払いの褒美(ほうび)をもらうとかで、わしらも大歓迎してくれるようだぞ。今晩は久しぶりに酒宴にありつけそうじゃな」
 と嬉しそうに鼻の下を伸ばした。その意味は更に後になって分かることだが、末蔵はとりあえず風呂に入りたいと思った。思えば対馬を発ってより、風呂というものを見たことがない。孫六は朝鮮には風呂に入る文化がないのだと教えたが、家主に頼めば二人の休む座敷内に“モッカントン”という木で作られた丸い浴槽を用意してくれ、その中に下女達がお湯をなみなみと入れてくれた。
 「さあ入れ」と孫六は言ったが、彼や下女達にじろじろ見られていてはさすがに入りずらい。「むこうを向いておれ」とお願いし、丸裸になって湯に浸かれば、途端に孫六と下女達が笑い出す。
 「な、何がおかしい?」
 「この国では真っ裸で体を洗うのは賤民(チョンミン)だけじゃ。両班(リャンパン)達は服を脱がずに必要な部分だけを洗うのが流儀じゃ」
 とはいえすでに二人の下女が、末蔵の腕や背中を優しい手で洗ってくれている。末蔵は顔を真っ赤にして恥ずかしさに耐えるしかない。
 そうしているうちに屋敷の大広間に案内されると、驚くことには宴の準備がすっかり整っており、赤や青や黄色で彩られた部屋には涎(よだれ)が出そうな料理と酒が並べられ、脇には美しく着飾った女達が、おのおの琴や二胡(にこ)や笛や太鼓などを持って座っているではないか。主賓席に座らされた末蔵は恐れ多くなって、「これはいったいどうしたことだ?こんな歓待を受ける覚えはないが」と脇に座った孫六に聞くと、
 「日本でも郷に入りては郷に従えというではないか。これは彼らの真心なのじゃ。素直に受け入れるのが礼儀というものだ」
 とすまし顔で言う。間もなく姿を現した家主は、連れて来た二人の男を「私の息子達だ」と自慢げに紹介し、いきなり、
 「さあさ、遠慮なくやってくれたまえ!」
 と朝鮮語で叫べば、やがて楽器が鳴り出して、これまた赤や黄色や紫の衣装で美しく着飾った五、六人の若い女達が部屋に入って来たかと思うと、音楽に合わせて歌や踊りを舞い始めた。
 呆気(あっけ)にとられた末蔵に、「これが妓生(キーセン)じゃ」と孫六が教えた。彼の説明によれば、妓生(キーセン)とは宴会などで楽技などを披露し客人を歓待するための女性達であると言う。「歓待といってもいろいろあるがな」と孫六は笑ったが、そのほとんどは賤民階級に属し、その中でもやはり身分が存在し、高い者になれば宮中や両班を相手にできるが、低い者はいわゆる奴婢(ぬひ)で、「今ここで踊っている女たちは、みな家主の財産だろう」と孫六は言った。末蔵にはよく意味が分からなかったが、主人や息子たちに次々と酒を勧められ、ほろ酔いの中で全てが楽しく、また美しく見えるようになっていた。孫六はといえば主人や息子達と楽しそうに酒を酌み交わし話し込んでいるが、言葉が分からない末蔵はただ笑って答えているだけだった。
 ふと、妓生(キーセン)が歌い出した音楽に、末蔵は吸い込まれるように聞き入った。

 날좀보소날좀보소날좀보소(私を見て、少しでいいから私を見つめて)
 동지섣달꽃본듯이날좀보소(冬咲く花を見るように、ずっと私を見てください)
 아리아리랑스리스리랑아라리가났네(アリアリラン、スリスリラン、アラリガナンネ)
 아리랑고개로넘어간다(アリラン、峠を越えてゆく)
 정든님오시는데인사를못해(愛しいあなたに私の手は届かない)
 행주치마입에물고입만방긋(前掛けくわえてにこりと笑う)
 아리아리랑스리스리랑아라리가났네(アリアリラン、スリスリラン、アラリガナンネ)
 아리랑고개로넘어간다(アリラン、峠を越えてゆく)

 「これは何という曲じゃ?」
 末蔵が孫六に聞くと、孫六は主人に聞いて教えてくれた。
 「この地方に古くから伝わる“アリラン”という民謡だそうじゃ」
 「どういう意味の歌じゃ?」
 孫六は再び主人に聞くと、
 「主人もよく知らぬようだが、筒直伊(トンジキ)が身売りで峠を越えて行く歌ではないかと言っておる」
 筒直伊(トンジキ)というのは婢女(ひじょ)のことである。およそ人権も認められていない一人の奴婢の娘が、身分の高い男を好きになり、その切ない思いを伝えられないまま遠い国へ売られていく情景を歌っているのだと末蔵は思った。
 「もう一度歌ってください」
 末蔵は何度も何度も歌ってもらった。酒の力もあったのだろう、そのうちとめどなく涙があふれ出した。驚いたのは孫六と主人たちである。
 「いったいどうして泣いておる?」
 と問い詰めれば、
 「同じだ、同じなのだ―――俺が本阿弥光悦様から戴いた沙鉢(サバル)の茶碗を手にした時の気持ちと!この切なくもあり、力強くもあり、美しくもあり……、俺の心を揺さぶるこの力はいったい何か……?」
 末蔵は目の前に置かれた盃の酒を涙と一緒に飲み干した。するとすかさず息子の一人が「まあ飲め飲め!」と酒を注ぎ足す。酒と一緒にそのやるせないような気持ちを飲み込んでいるうちに、急に酔いがまわった末蔵は「アリアリラン、スリスリラン……」と呟きながら、そのまま鼾(いぼき)をかいて眠ってしまった。
 どれほど眠っていたか知れないが、「おい、そろそろ寝るぞ」と孫六に膝をつつかれて目が覚めた時には、すっかりお膳も片付けられて、主人も二人の息子達もいないかわりに、目の前には十六、七の鬼もほころぶ若い娘が俯きがちに座っていた。
 「この娘は誰じゃ?」
 と孫六に目を向ければ、彼は三〇くらいの美しい女性を抱き寄せて接吻(せっぷん)しているではないか。
 「おお、やっと目を覚ましたか。部屋を移してもう寝るぞ」
 「寝るって……?この女達は誰です?」
 「お前の方は長男の娘さんじゃそうだ。で、わしの方は次男の嫁(よめ)さんじゃ。最初家主は自分の妻はどうかと勧めたが、さすがに六十の婆(ばあ)さんはのう……」
 と「郷に入りては郷に従えじゃ」と言いながら、孫六は女を連れて大広間を出て行ってしまった。
 まったく意味がのみ込めない末蔵は酔いも醒めてしまい、暫くは言葉の通じない娘を相手におろおろしていたが、やがて娘が手を引いて立ち上がるので、連れられるまま案内された部屋に入った。そこには既に布団が敷かれており、娘が「どうぞ」と布団の脇に座るので、仕方なくその布団で寝ることにした。ところが横になった途端、娘が添え寝するように入り込んで来たかと思うと、いきなり末蔵の股間に手を伸ばしてきたのであった。
 「なにをする!」
 驚いた末蔵は跳ね起きた。驚いたのは娘も同じで、何かいけない事をしてしまったかというおののいたような目で見つめ返すと、今度は上半身の服を脱ぎ、小さな乳房を露わにして末蔵にすり寄った。これまた末蔵も驚いて、
 「離れよ!」
 と娘を突き飛ばすと、そのまま部屋の外に追い出した。
 「いったいこの国はどうなっておるのじゃ……」
 末蔵はそのまま眠れない夜を過ごした。
 翌朝、眠い目をこすりながら早々に両班の屋敷を発った末蔵だが、「もう二、三日ゆっくりしていきましょうや」と言う孫六は、昨晩は相当いい思いをした様子で名残惜しそうに言う。
 末蔵は両班の屋敷を出るときに支払った謝礼のことを思い出して不機嫌だった。あのとき家主が催促するような目付きで「昨晩はいかがでしたか?」と聞いて、「いやあ、大変に満足であった」と答えた孫六が「謝礼を渡せ」と言うのだ。とはいえ宿代の相場も知らない末蔵は、懐から路銀の入った袋を取り出し戸惑っていると、孫六はその袋の中に手を突っ込んで、無造作に握りしめた銀貨を主人に渡してしまったのである。それがどれほどの価値になるかは知らないが、受け取った主人は満足げに快く二人を送り出したのである。
 「あんなに路銀を払ったのでは、目的地に着くまでにすっからかんになってしまうわ!」
 「えらくご機嫌斜めだな?」
 「当たり前だ!なんだ昨日のあの娘は、いきなり無礼であろう!」
 馬上の孫六は驚いたように「末さんはあんなに可愛い娘を抱かなかったのかい?」と言う。いつのまにか末蔵のことを末さんと呼ぶようになっている孫六が言うには、
 「あれは客妾(ケクチョプ)というこの国のおもてなしの形なのだ。郷に入りては郷に従えと何度も言ったではないか」
 「金を払うのは俺だ! もう二度と両班の家には泊まらん!」
 末蔵はそう吐き捨てると、話すのも嫌になって密陽(ミリャン)から大邱(テグ)へと続く峠道を、孫六を乗せた馬の手綱を引いて歩いた。その頭の中では昨晩妓生(キーセン)達が歌ってくれた“密陽(ミリャン)アリラン”の明るくも物悲しいフレーズがいつまでも鳴っていた。
 ♪アリアリラン、スリスリラン、アラリガナンネ……
 「婢女の娘はどんな思いでこの峠を越えたのだろう?」
 と思いを馳せながら―――。

 大邱(テグ)を過ぎて尚州(サンジュ)に着いた時である。
 この辺り一帯を包括しているのであろう大きな両班の屋敷の前に、ものものしい姿をした馬が十数頭つながれていた。
 「王族か貴族かなにかの旅行かな?」
 孫六はそう呟いた。尚州(サンジュ)はこのころ慶尚道(キョンサンド)(嶺南)有数の政治的中心地なのだ。
 「両班(リャンパン)の家になど泊まらぬぞ!」
 末蔵は見向きもしないで通り過ぎようとしたが、
 「おおっ!」
 と声を挙げた孫六に思わず足を止めた。見れば豪勢な馬の鞍(くら)に、対馬の隅立(すみた)て四(よ)つ目結(めゆい)の家紋が刻まれているではないか。
 「少し前に対馬の柚谷康広(ゆずややすひろ)という使者が、国書を持って漢城に向かったと聞いておる。もしかしたらその帰りかもしれぬぞ!」
 まさかこのような場所で同郷の日本人に会えるとは思っていない孫六は、馬を飛び降り年に似合わぬ速さで屋敷の方へ駆けて行く。末蔵はため息をつきながらその後を追いかけた。
 下人に呼び出されて中から姿を現したのは柚谷付(ゆずやづき)の通訳の一人で、孫六の顔を見た途端「爺(じい)さんではないか!」と驚きの声を挙げた。何年か前まで一緒に仕事をしていた同僚のようだ。孫六は自分がここにいる事情を末蔵を紹介しながら説明すると、国書の顛末(てんまつ)などそっちのけで「ここの家には良い女子(おなご)はいるか?」と聞いた。
 「おるにはおるが、美人はみな柚谷殿が独り占めして、おかげでこっちには余り物しか回って来んさ」
 と苦笑した。その柚谷康広(ゆずややすひろ)という男、頭は切れるが傲岸(ごうがん)な性格で、「我は日の本の国代表の使者である!」と言わんばかりに、行く先々で朝鮮人を馬鹿にしたような言動を積んでいた。しまいには漢城において国王たる宣祖(ソンジョ)昭敬王の面前で、
 「お前達の槍はなんと短いことか。弓も刀も子供の玩具(おもちゃ)かと思ったわい。こんな武器では国は守れまい。我が国に服従せよとは言わんが、このたび日本国王となった関白秀吉様に、せめてお祝いの言葉くらい伝えておいた方が身のためだと思うが」
 と高邁(こうまい)に言い放った。この時の柚谷の態度を朝鮮の史書である『懲録(ちょうひろく)』には「挙止倨傲(きょしきょごう)=立ち居振る舞いが驕(おご)り高ぶっている)」と記す。当然宣祖(ソンジョ)も腹を立てたに相違ない。
 そんな事情を気にする様子もなく、日本国使者を笠に着た一行は、尚州(サンジュ)在郷の両班の屋敷で帰路の宿をとっているというわけである。
 「ちっ、今晩はおこぼれに預かろうと思ったが、それではつまらんなあ」
 孫六が言った。
 「相変わらず性欲が強いのう。どちらにしろ我々も明日発つ……」
 「爺、もうよいだろう。早くゆくぞ!」
 柚谷付の通訳の言葉をさえぎって末蔵が言うと、そのまま孫六を置いて歩き出した。
 「どうも朝鮮の風紀になじめぬようじゃ。まだまだケツが青いわい。では、またのう」
 孫六は末蔵の後を追いかけた。
 「おい、この先は聞慶鳥嶺(ムンギョンセジェ)の峠だ。山賊や虎が出るから気を付けろ!」
 柚谷付通訳の忠告に手を振って応えた孫六は、体を重そうにして再び馬にまたがった。
 二人がこれから越えようとする聞慶鳥嶺(ムンギョンセジェ)の峠とは、慶尚道と漢城を結ぶ街道の最大の難所と言われる地点である。小白(ソベク)山脈の鳥嶺(チョリョン)山の“鳥”の“嶺”とは、鳥さえも休まずに越えることができない峠という意味で、南の地方から漢城で行われる科挙の試験を受けるために、どれほどの者がこの峠に行く手を阻まれたろうか。
 そんな話をしながら今日中に峠を越えてしまおうとする二人の前に、突然熊や虎などの獣の皮や薄汚い麻の衣服をまとった真っ黒な男たちが、手や手に剣や槍を持ってゆく手を遮った。数える暇などなかったが二、三十人はいるだろう。孫六は恐れおののき、
 「まずいぞ末さん、山賊だ」
 と言った。
 厳格な階級社会の上に成り立つ李氏朝鮮の最下層で苦しむ白丁(ペクチョン)出身者の中には、世を恨み、復讐を抱きながら生きるいわゆる賊になる者もいた。それは世の常ともいえるだろうが、完全に社会システムから切り離された彼らは自由ではあったが、ひとたび役人に見つかれば捕縛され、命を絶たれる大きなリスクも背負っていた。だから通常彼らは行政の目の届かない山奥や、ほとんど人の住まない僻地(へきち)などに徒党を組んで生活し、武闘の技術や力を鍛え、普段は猟や盗みなどして糧を得て、時にこうして財産のありそうな者を襲っては追剥(おいはぎ)をして生きるより仕方がない。半分野生化している分、理性を持つ人間には空恐ろしい存在で、彼らには道理も儒教の教えも通用しない、力だけが正義の輩である。それはすなわち朝鮮儒学の序列至上主義が生み出した負の遺産でもあったわけだ。だからその存在を知っている人は、旅をする時は必ず有能な護衛を頼むか、あるいは大勢でまとまって移動するのだが、末蔵たちのように身軽な旅人は彼らの格好の標的だった。
 気付けば二人はすでに周囲を取り囲まれて、賊の頭(かしら)と思われる大熊のような男がカラスのような気味の悪い声で何か叫んだ。
 「着ている物、持っている物、そして馬……全て差し出せば、命だけは助けてやると言っておるが……末さん、どうする?」
 孫六はぶるぶる怯えながら山賊の言葉を通訳した。
 「できるわけがなかろう!」
 末蔵も叫んだ。
 「ダメじゃ、そんな事を伝えたら殺される……」
 「では、どうすればよい?」
 「ここは奴らに従うしかないじゃろう!」
 山賊達は真っ黒な顔に黄色い歯をのぞかせながら、やがて手にした武器を振り回し始めた。武器にしてはなんとも華奢(きゃしゃ)に見えたが、人を殺傷するには十分そうだ。
 末蔵は考えた。このまま路銀まで奪われてしまったら、たとえ生き延びたとしても路頭に迷うだけである。今大切な物は、命の次に金なのだ。と突然、
 「ううっ!」
 と叫んで腹を抱えてうずくまった。驚いた孫六は「どうした?」と馬から降りて背中をさすると、末蔵は苦しそうにこう訴えた。
 「持病の腹痛が出た。今すぐ薬が飲みたい!と奴らに伝えろ。交渉はその後だ!」
 孫六は末蔵に言われるままその言葉を山賊達に伝えた。すると、
 「いいだろう」と山賊の頭が答えた。どうやら山賊にも山賊の一分があるらしい。
 末蔵は懐から薬を取り出す振りをして一粒の路銀をつまみ、銀貨だと分からないように口に含むと、目をつむってゴクリとのみ込んだ。そして二粒目を取り出して同じようにのみ込むと、
 「医者から症状が出たら、この薬を二十粒ほど飲めと言われておる。伝えろ!」
 孫六がそう山賊に伝えれば、山賊達は「早くしろ!」と急かした。
 これは伊賀で習った咄嗟の時に大事な物を隠す技である。小太郎はよく「呑み込みの術」と言っていたが、のみ込んだ物は排泄物と一緒に外に出す。実は末蔵がこの術を使ったのは今が初めてで、異物を喉に通す違和感には耐え難いものがあったが、それでもようやく銀貨を二十粒ほどのみ込んだ。路銀はまだたくさん残っていたが、ここで命を落とすわけにはいかない。残りは潔(いさぎよ)くあきらめて、
 「おお、ようやく楽になったわい。で、条件は何じゃ?」
 と言ったものの、結局身ぐるみ全てはがされて、路銀と馬まで奪われて、丸裸にされてなんとかその窮地(きゅうち)を乗り切った。末蔵もそうだが孫六も哀れな姿で、年も祟って歩くのもおぼつかない。仕方がないので末蔵は、そのみじめな老人を負ぶって峠を越えた。
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