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ダイエット
 新聞広告などの折り込みで、ダイエットに関するものを多く見かける。ぽっちゃりした女性とスリムな女性の全身写真が並べてあり、間に矢印と重量を示す数字が書いてある。大抵左側に前者、右側に後者、矢印は決まって右側を向いている。見比べれば全くの別人、どうして二枚の写真が同一人物などと信じられよう。

 一般的に見ても、ダイエットに対する関心の高さは目を見張るものがある。インターネットなどで検索してもその数知れず、一体何が彼女たちをそんなに引きつけるのか?それに便乗して金儲けに走る輩もいるのではないか。僕に言わせれば、げっそりしているとかふっくらしているとか、それが生まれながらの体質ならば、どうしてダイエットなどする必要があろう?僕はダイエット否定派でも肯定派でもないが、そのままの自分でいけばいいではないかと単純に思うのだ。

 僕の周りにも、ダイエットに挑戦をしてきた女性が何人もいる。その都度、やめればいいのにと思うのだが、比較的僕の周りの女性たちは自分が決めたことに執着が強く、会うたびに「何キロ減ったのよ」とか、「甘いものはひかえているの」と疲れ果てた表情で言うのだが、どこがどのように変わったのかまるで分からない僕には、誉めようにも世辞を言おうにも、何とも言葉が見つからないのである。もっとも一キロとか二キロ減ったところで、外見の変化を見いだす事は至難の技で、それを鬼の首を取ったような勢いで話されても、「そう……、」としか言いようがない。

 栄養素の知識とカロリー計算、食事の取り方と運動方法、情報収集と詐欺まがいの商品吟味、ダイエットに取り組む女性の姿には涙ぐましいものがある。決意をするのは簡単だが、実行するのは難しい。以前、「ダイエットをすると誓って成功した女性は信用できる」と言った人がいたが、なるほど含蓄のある言葉である。

 実を言うと僕もダイエットをしたことがある。しかし、それはダイエットというより減量で、高校時代やっていた柔道で試合に出場するためだった。僕は軽量級で、体重を六十キロ以下にしなければならなかったわけだが、当時六十三、四キロあったから、オーバー分を減量するといっても大変だった。しかも切羽詰らないと行動をおこさない性格だから、一週間前になってようやく始める。その上心配性だったから、家にある体重計と試合会場の体重計の目盛りの出具合に相違があったらどうしようとか、いらぬ事を考えていたから、減量しすぎて試合当日には五十八キロぐらいになっていた。一週間で五、六キロ減である。人間やってできないことはない。

 もし、体重を減らしたいと切実な相談を受けたら、僕は迷わず秘伝の術を教えるだろう。すなわち、「食べない」「飲まない」という最も理論的かつ合理的にして、しかも単純で確実な方法である。ダイエットと呼ばれるものにはほど遠いが……。

 一日に何回体重計の上に乗ったであろう。経験者は分かるだろうが、食べれば食べた分だけ、出せば出した分だけ、目盛りは面白いくらい忠実に変化する。当たり前の事だが、殊自分の身体にその現象を認めた時、何とも言えない厳しさを感じたものだ。減量などやるものではない。釈迦も「衣食足りて礼節を知る」と言ったが、腹を減らすと余裕も思いやりもなくなる。

 さて、ウルトラ超ハングリーになりながら、おぼつかない足取りで試合に臨む。相手も僕と同じ過酷な減量に耐えて出場してきたのなら、腹に力の入らない気合いで、お互い阿波踊りと安来節のような柔道をすればよいのだが、相手が元気いっぱいで出てきた時など、その気迫に後ずさりする。自分で自分の顔面を両手でビシバシとひっぱたいたかと思うと、野生動物のような奇声を発しながら僕の襟元を力まかせにつかんでくるのだ。これではひとたまりもない。一回戦で負けたときなどは、今までの減量は一体何だったのかと世の中の無情を感じずにはいられなかった。

 だからダイエットに燃えている女性を見ると、一体、何のためにやっているのかと問いたくなる。きっと日本人女性の多くは「美しくなるため」と答えるだろう。その「美しさ」とはどういう美しさなのか甚だ疑問ではあるが、美しくなるならばそれに越したことはない。しかし、ダイエットに挑戦している女性が、なぜか美しく見えてしまうのは不思議な事だ。

 彼女たちの戦いは過酷だ。諸葛孔明ほどの緻密なカロリー計算をしながら、うっかりつまみ食いをしてしまう。おしんほどのダイエットの日々に耐えてきたのが、ちょっとしたいやな出来事でやけ食いをしてしまう。ダイエットは未来の美しい自分への思いと、目の前の食べ物を食べたいとの思いの壮絶なる戦争だ。ダイエットをしていて美しく見えるのは、きっと、容姿がそうなるのではなく、目的に向かって挑戦をし続ける、その心から発する生命の輝きではないかと僕は思う。

 一方では間食や甘いものがやめられない女性の性、一方では痩せて美しくなりたいと思う女性の本能、その矛盾の狭間で女性の戦いは延々続く。皮肉にも、男は以外とそういった健気な女性の側面に、彼女たちが思っているほど関心をもっていない。

2001年3月25日