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44.薩長同盟
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 年が明け、龍馬は下関で、海峡を見下ろしながら昇る朝陽を仰いだ。
 「まっこときれいな風景じゃ!日本の夜明けを象徴しているかのようじゃの!」
 脇には長府藩士の印藤聿がいる。後に豊永長吉と名乗り企業家として大成するこの男は、文久三年頃龍馬と知り合い、最近下関に訪れることが多くなった彼とよく会い、よく時勢を論じ合っていた。幼少より算術、馬術、槍術に秀で、特に槍術では奥義を究めたという腕前であったから、北辰一刀流の長刀兵法目録を持っていた龍馬とは話も合ったのかも知れない。その印藤が言った。
 「ここ下関は古くは源平合戦の舞台となり、近年は外国貿易の要衝になっちょるからの。これからの世は下関を制した者が、日本の経済を大きく左右することになるじゃろうな」
 「まっこと印藤大将軍の言うとおりかもしれんのう!」
 と龍馬は豪快に笑った。彼は印藤のことを親しみを込めて『大将軍』を付けて呼ぶことがある。年は龍馬より五つばかり上だが、二人はひどく気が合った。
 「いまごろ木戸さんは大坂に着いた頃じゃろうかのう?」
 「そうじゃなあ、そろそろじゃなあ……」
 実は木戸が京へ旅立つとき、龍馬も一緒に来るように言われたのだが、ユニオン号の件で目一杯だった龍馬はその後身体を壊し、暫く寝込んでいたのだ。「ここまでお膳立てしたのだし、後は西郷と木戸が会ってくれさえすれば事は自ずと成就する」と、別段大きな心配もしていなかった。木戸には「後から追いかける」と伝え、上京に際し「誰かいい伴になる者はおらんかの?」と、親しい印藤に探させていたのである。そして正月元日、
 「龍馬君、よい同伴者がみつかったぞ!」
 と、二人はその者と会うため、面談場所となった下関地方町年寄を務める福永専介宅へ向かう、今はその途中なのである。
 印藤が龍馬に引き合わせた男の名を三吉慎蔵といった。年は印藤と同年で、藩内随一の宝蔵院流の槍の使い手といわれる謹厳実直な男である。およそ印藤とは槍術を通して知り合いだったものだろうが、
 「龍馬君のお伴として、京に行ってもらいたいのじゃ」
 と言う印藤の言葉に、三吉は戸惑いを見せながらも、覚悟を決めた様子で「相分かり申した」と答えた。
 「いやなに、いま木戸貫治殿が日本の将来のために、薩摩藩の西郷さんに会いに京に向かったじゃろ───」
 とそれから龍馬の講釈が始まった。「三名一同現今の情勢を懇談し、一夜にして足らず……」と三吉が日記に記した通り、龍馬の熱弁は夜通し続き、やがて「至急京都に向かおう」ということになったが、天候不順も重なって、結局二人が馬関を発ったのは、一月十日のことになってしまう。
 出立を前に、龍馬と三吉が晋作のところに訪れた。
 「旦那はん、坂本様というお方が来はりましたけど……」
 横になっていた晋作は咳をしながらむっくり起き上がると、「通せ」と卯乃に言った。やがて着替えを済ませ、二人の前に姿を現した晋作は、まるで病人とは思えない気を放ちながら、二人の前に端座した。
 「高杉さん、わしゃこれから京に参るが、木戸さんに何か言付けなどありますかの?」
 龍馬は相変わらずの大きな声でそう言った。
 「そじゃの、西郷によろしく伝えるよう伝えてくれ」
 と、晋作は続けてふと何かを思い出した口調でこう言った。
 「そうじゃ、坂本さんに渡さなければいけない物があったんじゃ、ちょっと待っちょってくれ」
 やがて寝室から何やら黒い鉄の塊を手にして戻って、龍馬の前に差し出した。
 「何ですかの?小型の銃のようだが……」
 「それはピストールっちゅうもんです。以前上海に行った時、護身用に買ってきたモンです。坂本さんは北辰一刀流の使い手と聞くが、もはや刀は時代遅れじゃ。それを坂本さんに差し上げましょう」
 「ええっ!ええんかいの?こんな高級なモン……」
 晋作は笑いながら、
 「京に行ったら坂本さんも命を狙われるかも知れません。その時は、そのピストールが役に立つでしょう」
 と言った。龍馬はずしりと重い感触を手に覚えながら、その鉄の塊をしみじみと眺めた。スミス&ウエッソン社製第二型アーミーという三三口径の六連式の拳銃である。
 「これがピストールっちゅうもんですか……」
 龍馬は晋作の顔をすまなそうに見つめた。普段なら遠慮など微塵もないこの男が、今回ばかりは恐縮した。第一、晋作からそんな高価な物をもらう道理が見つからないのだ。
 「高杉さんの大事な物なんじゃろう?本当にええんですか?」
 「礼なら中岡君に言ってください。実は木戸さんが中岡君から刀を献上されましてね。そのピストールはボクからのその返礼のつもりです。どうか遠慮なくお受けください」
 龍馬は嬉しそうに晋作に近寄り、手を握って何度も礼を言った。
 「礼には及びません。それより、木戸さんをよろしく頼みます」
 「なあにそっちの方の心配はいらんがじゃ。ひょっとしたら、もう薩長同盟は成立しちょるかもしれんがぜよ」
 「さあて、そう簡単にいくかな?」
 晋作は含み笑いを見せながら龍馬の肩を叩いた。玄瑞の面影を龍馬に重ねたその笑みは、果てしなく優しく見えた。そして、三吉に向かって、
 「坂本さんをよく護ってください」
 と言った。三吉は「はっ!」と、平伏した。

 識者謀航海、義人将鎖邦(識者(龍馬)航海を謀り、義人(晋作)まさに邦(長州)に鎖す)
 思之亦思之、我眼忽茫々(これを思い、またこれを思い、我が眼忽ち茫々)
 丙寅春孟正月、土藩龍馬坂下君(丙寅春孟正月、土佐藩坂本龍馬君)
 将発吾国至上国求、書於余(まさに吾国(長州)を発して上国(京)に至らんとし、書を余に求む)
 素拙筆墨、然友義難負(素拙なり筆墨、然れども友義負い難く)
 乃録二十字、塞責云(乃ち二十字を録し、責を塞ぐと云う)
 辱知生澗拝草(辱知生澗(晋作自身のこと)拝草)

 やがて龍馬はそのときもらった扇に綴られた晋作の漢詩を携え京へと向かう。 

 木戸が大坂に入ったのは正月四日のことである。そして八日、いよいよ木戸は京都に入り、二本松の薩摩藩邸で西郷吉之助と初会見を果たす。そして龍馬の思惑通り、そこで薩長同盟が成立するはずであった。
 木戸は薩摩藩から盛大な酒宴の歓迎を受けた。
 「木戸さん、わざわざ京都までご足労いただきありがとうごわす。精一杯歓迎させていただきもすので、思う存分召し上がってくいやんせ」
 木戸は西郷の顔を見た途端、それまで押さえてきた憎悪がむくむくと噴出するのを覚えた。「酒など飲みに来たのではない!」と喉まで出かかったが、そこはぐっと堪えて給仕が注ぐ御神酒を素焼きの盃に受けた。
 それから間もなくその場は宴会になってしまい、西郷は「道中はどうだったか」とか、「京都はどうか」という世間話をした後は、長州の心配をする素振りを見せながら天下の形勢を論ずるだけで、二人とも肝心の同盟の話を持ち出すどころか、互いの腹を探り合ったまま同じ様な話を繰り返すだけだった。それが二日目もまったく同じような調子で、そうこうしているうちにあっと言う間に数日が過ぎてしまう。木戸ら一行はその後西郷の屋敷に移って身を潜めるが、同盟の話はついに出ず、木戸は開き直った口調で、
 「あんな奴と話しておっても埒があかん。長州へ帰る!」
 と言い出した。同行の品川弥二郎や三好軍太郎は、「坂本さんが来るまでもう少し待ちましょう」と、必死にくい止めるのがやっとで、木戸はやきもきしながら仕方なくその言葉に従った。
 西郷との初会談から十日も経って、ようやく龍馬が大坂に着いた頃、木戸達は室町頭町にある薩摩藩家老小松帯刀の京都邸の方へ身を移していた。龍馬の方はといえば、とっくに同盟が成立しているものとすっかり上機嫌で、大坂の薩摩藩邸から京都に向かい、伏見の寺田屋という行きつけの旅館に宿をとった後、さして慌てる様子もなく、三吉を同伴して木戸が滞在する小松邸に向かって歩き出した。やがて二人が到着し、木戸と会って開口一番、満面に笑みを浮かべながら、
 「木戸さん、同盟の方はどんな塩梅ですかいの?」
 と言うと、木戸はいつもと変わらない様子で、
 「坂本君、ずいぶんと遅かったじゃないか。私は今日にでも長州に帰国しようと思っていたところだ」
 と答えた。
 「そうかい、そうかい、首尾良く話がついたと見えますの。で、同盟の中身はどのように?」
 「何ひとつまとまりゃせんよ」
 龍馬は耳を疑った。
 「坂本君が来るまでと思って待っていたが、これ以上京都に留まっていても時間の無駄だ」
 「ちょっと待ってくれんかの。まとまっていないとはどういうことですか?」
 龍馬の脳裏に、晋作が「木戸をよろしく」と言ったことや「そう簡単にいくかな?」と言ったことが、悪夢のようによぎっていた。
 「まとまるまとまらぬどころの話じゃないさ。西郷からは同盟どころか、和解という言葉すら出てこんさ」
 と木戸が言った。龍馬には、なぜこのような事態になっているのかとんと理解ができない。
 「いったいどういうことじゃ?」
 「こっちが聞きたい」と、木戸は龍馬を責めるように怒った口調で言った。
 「ならば何故木戸さんから連合の話を切り出さないのですか?」
 「私の方から話を持ち出せと言うのか!馬鹿を言うな!薩摩が来いと言うから、幕府の目が光る京都くんだりまで命を賭けて、恥を忍んで来てやったというのに、その上、こちらから話を持ち出せとは、まるで長州が憐れみを乞うているようじゃないか!もとより長州は焦土と化すまで戦う覚悟はできちょる!そんな面目を落とすようなことなど絶対にできん!」
 「今は体面など言っちょる場合じゃないがじゃ!」
 「薩摩は長州を諮ろうとしておるのではないか?いま薩摩は幕府についておるし、中立の立場も取れるし、長州の味方にもなれる。しかし長州は天下を敵にまわしているのじゃ!薩摩から同盟を求めて来ないのは、長州が泣きついて来るのを鼻で笑ってやろうとしているだけじゃ。所詮薩摩などそういう卑しい藩よ!」
 「木戸さんらしくないがぜよ!薩摩は長州に味方する!でなければ武器も軍艦も買えんかったじゃろ。お互い私情を持ち込んだら話がこじれるけんの。忘れちゃいけんのは薩長同盟はこの日本国を救うためのもんじゃけん!」
 龍馬は矢も楯もたまらず、
 「しばらく待っちょれ!」
 と、西郷のところへ走った。そして土足で上がり込むような勢いで薩摩藩邸に入ると、西郷の面前に跪き、食い付くような剣幕で怒鳴った。
 「西郷さん、わしゃあんたをもう少し大人じゃと思うてたぜよ!木戸さんを京へ招いたのは何のためじゃ?長州と組んで幕府を倒すためじゃないんか?木戸さんは長州へ帰ると言い出しちょる。つまらん体裁なんぞ捨てなきゃ日本の将来など創れんぜよ!ここは薩摩が大人になって、同盟の話を持ち出してくれんかの?」
 西郷は暫く目をつむって何か考え事をしているようだったが、やがて目を開き、
 「分かりもした。これから木戸さんに会いに行きもす」
 と、のっそり立ち上がった。そうして西郷は、吉井幸輔らを伴って、木戸の滞在する小松帯刀の邸宅へと向かった。ここに坂本龍馬を立ち合いとして、歴史的な薩長同盟が締結したのである。時に一月二十一日のことだった。
 この同盟は六ヶ条からなり、基本的に朝敵とされた長州藩の名誉を回復することに、薩摩藩が協力を約束したものであるが、密約であったためその内容は文書化されなかった。しかし木戸は万が一の事を考慮し、大坂から龍馬に宛てた長文の手紙の中で密約の内容をまとめ、間違いがないか保証を求めた。龍馬はその手紙の裏面に赤誠の朱墨で、
 「表に記された六ヶ条は、小松帯刀氏、西郷吉之助氏および木戸貫治氏、坂本龍馬も同席にて談論したもので寸分も相違ありません。将来にわたり決して変わりがないことは神明の知るところに御座候。丙寅二月五日」
 と綴り、最後に自分の名前を署名して木戸に返送した。すなわち表に記された同盟の内容とは、

一、幕府と戦争になった時は、薩摩はすぐさま二千余の兵を登らせ在京の兵と合流させ、大坂へ  も一千程の兵を置き、京都と大坂を固める事。
 一、長州が戦に勝利しそうな時は、薩摩は朝廷へ働きかけ長州支援に尽力する事。
 一、万一敗色が濃くなったとしても、一年や半年では決して壊滅することはないから、その間に  薩摩は必ず尽力する事。
 一、幕府が関東へ帰った時は、薩摩は朝廷へ申上げ、すぐさま長州の冤罪を訴え赦免を要求する事。
 一、兵士を上国させ、一橋、会津、桑名が朝廷を利用し正義を言い張り、薩摩の周旋を妨げる時  は、すぐさま薩摩も長州とともに決戦に挑む事。
 一、長州の冤罪が晴れた時は、長州、薩摩両藩とも誠心を以て相合し、皇国のために砕身尽力す  ることは言うまでもなく、いずれの道にしても、その日より双方皇国のため皇威を輝かせ、  権威を回復させることを目標として誠を尽くす事。

 この同盟により、長州の根強い薩賊感情は一掃されていく。その報告を木戸から直接聞いた中岡慎太郎は、木戸の手を取って男泣きに泣いた。この薩長同盟締結という偉業は、最終的には龍馬の大胆な周旋活動によって成されたようなところもあるが、それまでの慎太郎の地道な支えがあったればこそ実現した、いわば二人の共同の成果であろう。
 さて、木戸の帰藩を見送り、同盟が成立して二日後の一月二十三日、伏見の寺田屋で三吉慎蔵と深夜まで酒を酌み交わしていた龍馬は非常に上機嫌だった。
 「三吉さん、ついに薩長同盟が成就したぜよ!そうと決まれば明日、一緒に京都の薩摩藩邸に行って、王政復古を説くぜよ!まあ、今宵は飲め、飲め!」
 と陽気な龍馬は、「酔ったら坂本さんをお護りすることができません」と酒気を拒む三吉に、一口、二口と酒を含ませ大笑いしている時だった。三吉の日記によれば「懇談終リ夜半八ツ時頃ニ至リ」というから真夜中の二時頃である。突然、二人が祝杯を行う狭い座敷に、小袖を羽織っただけの、乳房を露わにした裸の女が、血相を変えて飛び込んで来た。突然の侵入に龍馬は驚いて、
 「なんじゃあ?お竜、その格好は?」
 と言ったが、お竜と呼ばれた女は、恥ずかしがるどころか荒々しい口調で、
 「坂本様、お逃げ下さい!店ロより捕縛の徒が入り込みました!」
 と告げた。この後龍馬の妻となるお竜は、このとき風呂に入っている最中だった。怪しい人影が店に入るのを見つけ、慌てて龍馬に知らせに来たのだ。龍馬は酔いも吹っ飛んだ様子で、下関を出る際に晋作からもらった拳銃を手にすると、三吉の方は手槍を握って抗戦の覚悟を決めて立ち尽くした。
 「このピストールがこんなに早く役立つとは思わんかったぜよ……」
 そう呟いたところに、一人の刺客が刀を携え荒々しく押し入って、「怪しい奴らじゃ!尋問する!」と、龍馬と三吉に向かって叫んだ。
 「いったい何の騒ぎじゃ!ここは薩摩藩の宿じゃ!無礼であろう!」
 龍馬が言い返せば、すかさず「偽であろう!」と云う。
 「疑うならば伏見の薩摩藩邸で聞いてみろ!明白じゃ!」
 「ならばその武器は何じゃ!」
 「これは武士のたしなみじゃ!突然押し入られたのではこうするより仕方あるまい!」
 すると男は下に控えている仲間を呼びに階段を下りた。龍馬と三吉はその隙に、乱闘になった時に邪魔になる部屋の建具を一気に除けると、三吉は龍馬を後にして手槍を身構えた。間もなく階下から何人もの刺客が押し上ってきて、各々刀を携えながら、
 「伏見奉行林肥後守忠交公の上意に付き神妙にせい!」
 と声高に呼んだ。
 「意味が分からぬ!我らは薩摩藩の者なるぞ!上意とはいったい何のことじゃ!」
 と、それを合図に刺客の一人が「問答無用!」とばかりに斬りかかってきた。三吉の槍がその一太刀を跳ね返した瞬間、龍馬の手にしたピストルが大きな破裂音を発した。と同時に刺客の一人が倒れて、一瞬なにがあったかと突っ立ったままの刺客達は、それがピストルの脅威であることを知ると、尻込みして階下に後退して行った。ところが命知らずの数人の刺客は迷わず二人に襲いかかり、更に二発、三発とピストルが火を噴き、三吉の槍と刀がぶつかり合う音などで、いっとき寺田屋は大混乱に陥った。しかし束の間、弾が尽き、龍馬の左脇に迫った男がそのまま龍馬に斬りかかった。手にした拳銃でなんとかかわしたまではよかったが、龍馬は親指に深手を負い、そこから大量の血が噴き出した。三吉はすかさず槍でその男を払いのけたが、龍馬は傷口を押さえてその場にうずくまっていた。そこでひとまず攻防戦は止まったが、まだまだ階下には刺客がうじゃうじゃと控えている。
 「だめじゃ!弾を詰めてる暇もないがじゃ!」
 「坂本さん!かくなる上は、拙者が囮になるゆえ、その隙に逃げてください!」
 「馬鹿を申せ!二人とも生き抜くのじゃ!よいか、奴らが退いた隙に裏手に下り、この場を切り抜けるぞ!」
 三吉は咄嗟に負傷した龍馬を肩に掛け、裏ロの物置を切り抜けて、隣接する家屋の戸を切り破り、中で驚く家の者に挨拶しながらそのまま小路に逃れ出た。まことうまく逃れたものである。二人は死にものぐるいで走り、途中みつけた材木貯蔵場に忍び込んで息を潜めた。龍馬は出血多量で意識も朦朧としながら息も絶え絶え。途中着物を切り裂いて傷口をしばったところからは、今もなお鮮血がしたたり落ちていた。
 「坂本さん、どうも逃げ道はなさそうです。このまま彼らの手にかかって死ぬより、ここで割腹した方が……」
 「三吉さん、死はもとより覚悟の上じゃが、こんな所では死ねんがじゃ!少しでも望みがあるなら、それに賭けようじゃないか。君はこれから伏見の薩邸に走り助けを呼んでくれ。もし途中で敵に会ったらそれまでじゃ。その時はわしもまたここで死ぬのみじゃ」
 龍馬は三吉を見つめて力なく微笑んだ。
 「もうじき夜が明けるぜよ。明るくなったらそれまでじゃ。はよ、行け」
 「坂本さん……」
 三吉は涙を飲んでその場を立った。外に出た三吉は近くの川で血を洗い流し、草鞋を拾って旅人を装い、薩摩藩邸に向かって走り出した。市中の店はそろそろ商売を始める刻限だった。
 そうして三吉は無事薩摩藩邸に辿り着き、その報を受けた薩摩藩は急いで川船を出して、龍馬の救出に向かった。こうして龍馬はからくも九死に一生を得たのである。
 龍馬はその後間もなくお竜を妻とする。そして彼女を伴い大阪から船で鹿児島に脱出し、西郷の斡旋によって薩摩領内で湯治をしながら潜伏する日々を過ごすことになる。これがいわゆる龍馬に降りかかった最大の危機、寺田屋事件と呼ばれるものである。