> ここは下宿屋裾野館『こんな世間に誰がした!?〜の巻』 第3場面〜不況社会と小さな革命
ここは下宿屋裾野館『こんな世間に誰がした!?〜の巻』 第3場面〜不況社会と小さな革命
< 登場人物 >

裾野シメジ………快活で明るい女の子。しかし、突拍子もないことをしでかす。
裾野マツタケ……裾野館の大家で未亡人。気性のはっきりした性格。
山田ワラビ………裾野館の住人。大学10年生。
小沢シイタケ(山手タケオ)………わけあって裾野館に居候することになった怪しいオカマ。
松山ツクシ………とんでる女子高生ママ。経済苦で裾野館に住むことになった。
松山コゴミ………ツクシの子ども。小学校1年生。
ブナじいさん……裾野館の近所に住んでいるボケ老人。
パパイヤ…………裾野館にホームステイすることになったインドネシア人。
親分………………バナナ銀行の頭取に雇われた暴力団。
子分………………親分の子分。
外人

《演劇活動をされている方へ》
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第3場面〜不況社会と小さな革命


・・シーン12・・

舞台   夜。裾野館の奥から、ワラビ登場。
ワラビ  あーあ、ハブラシを買いに行かなくちゃ。シイタケさん、ぼくのハブラシ使ってるんだもんなあ……。あーあ……。(玄関から出て、上手に向かう)
舞台   ワラビ、舞台中央に差し掛かるころ、上手よりブナじいさん、血相を変えて登場。
ワラビ  あれ、ブナじいさん。どうしたんですか?こんな夜中に……。
ブナじい お、おおう、ワラビ君……。で、出たんじゃよ!
ワラビ  出たって、何が?お化け?
ブナじい 違う、違う、忍者じゃ、忍者!
ワラビ  忍者!?忍者って、あの猿飛佐助とか、霧隠才蔵とかの?
ブナじい そうじゃ、そうじゃ。赤い忍び装束に刀を背負ってた。
ワラビ  ブナじいさん、いくらぼくがバカだからって、そんな話し、信じるわけないじゃない。だって、忍者なんて、昔の日本にいたスパイみたいなものだろ。
ブナじい わしが電信柱で小便しとったら、前を、すうーっと通り過ぎて行ったんじゃ。赤い頭巾をかぶってな、こう(走り方を真似する)走って行ったんじゃ。
ワラビ  で、どっちにいったの?あっち?(適当に指差す)
ブナじい いや、あっちじゃ。(ワラビと違う方向を指差す)いや、まてよ?こっちじゃ。(違う方向を指差す)いや?そっちだったかな?どっちだったかな?
ワラビ  つきあってられないよ。(ブナじいさんをほっておいて上手へはける)
ブナじい ううむ……。(考え込んで)晩飯食ったっけかなあ……?(下手へはける)
舞台   裾野館奥より、シイタケがラジオのような機械を抱え、周りをキョロキョロしながら抜き足差し足で現われる。電話のところに駆け寄り、電話線のもとを抜き取り、抱えた機械のコード線を差し込み、アンテナを伸ばし、ヘッドホンをつける。
音響   ラジオの周波数を合わせる音。
シイタケ ちぇっ、感度が悪いな……。アンテナの向きを変えさせよう……。(モールス信号をうつ仕草)
音響   モールス信号の音。(ピーピーピピーピー、ピピピー……)
シイタケ 違う、もっと右……。(モールス信号を打つ)いや、行きすぎた。左……。(信号うつ)そうだ、いいぞ……。
舞台   上手よりワラビ、ビニル袋を持って戻ってくる。
ワラビ  最近いろんなハブラシが出てるんだなあ。さあて、歯みがいて寝よっと……。
舞台   下手よりブナじいさん、慌てて登場。
ブナじい ワ、ワ、ワラビくん……。出た出た出た!やっぱりいたぞ、忍者!
ワラビ  まだ言ってるぞ。
ブナじい ほんとだって!わしが捕まえようとしたら、水とんの術を使って逃げやがった。
ワラビ  うっそだうそだー!忍者なんかほんとにいたら、一度でいいから、お目にかかってみたいものだなあ……。
舞台   下手より、赤の忍び装束を着たシメジが、忍び走りで登場。辺りを見回し、地面に耳をつける。
ブナじい ほれ、あれじゃ!
ワラビ  わ、わあ!
シメジ  (ブナじいとワラビには気が付かない様子で、裾野館の壁に擦り寄り、壁に耳を当てる)
ワラビ・ブナ  (忍者に気付かれないように後をつけ、壁に耳を当てる)〜違う動作で2、3回。
ブナじい 何やつじゃ!さっきから何をしておる!
シメジ  (シメジ、驚いて刀を抜く)拙者に気付かれず後をつけるとは、おぬし、ただ者でないな!
ワラビ  な、なんだ、シメジちゃんじゃない!
シメジ  忍びの者に名などございませぬ。
ワラビ  名などないって……、シメジちゃんでしょ。
ブナじい ワラビくん、乗ってあげなきゃかわいそうじゃろ。わしにまかせとけ……。おシメ、そのいでたち、何故じゃ?
ワラビ  お、おシメ?
ブナじい 昔のおなごの名は、みんな“お”をつけたんじゃよ。おシメジじゃおかしいから、おシメじゃ。
シメジ  ブナじい、訳は聞かないで下さい。
ブナじい ゆくのか?
ワラビ  行くって、どこへ?
シメジ  はい。忍びの者として生まれた者の定めなれば……。
ワラビ  生まれてない、生まれてない……。
ブナじい あっはっはっはっは……。まだまだ子供と思っとっちゃが。よし、もう止めねえ!ゆくがよい。
シメジ  ありがとう!じっちゃま!(刀をしまって、忍び走りで上手へはける)
ワラビ  あ、シメジちゃーん!(ブナじいに)どこいったの?
ブナじい さあ?―――ありゃ?なんでわしゃ、こんなところにおるんじゃ?あれ?風呂入ったっけなあ?(下手にはける)
ワラビ  へんなじいさんだなあ……。(玄関に向かって歩き、扉を開ける)
シイタケ ま、まずい!(人の気配に気付き、慌てて機械をまとめて電話の裏にかくし、自分は近くの箪笥の陰に隠れる)
ワラビ  (シイタケには気付かず、そのまま奥に行く)
シイタケ (ワラビ、行くのを確認して)危うく見つかるところだった。(再び、機械をいじりはじめる)
舞台   そのまま。


・・シーン13・・

舞台   シメジ、奥より登場。シイタケの後方に立つ。
シメジ  何をしているの?
シイタケ (驚いてたちあがる。〜忍者を見て)お、おまえ、何者だ!バナナ銀行の回し者か!?
シメジ  バナナ銀行?
舞台   突然シメジに襲いかかるシイタケ。それをかわして手裏剣を投げるシメジ。難なくかわしたシイタケは、近くにあったハンガーで応戦。忍び刀をぬいたシメジと乱闘。『影の軍団』テーマ曲ながれる。シイタケ、シメジに渾身の力で飛び掛かる。それを身を翻してかわしたシメジは、すかさずシイタケの腕をつかんで、関節固めで決める。
シイタケ おぬし、何者だ!中国拳法免許皆伝の拙者の技をかわすとは、ただものでないな!
シメジ  シイタケさん……、あなただったのね、山手社長って。(頭巾を取って顔をみせる)
シイタケ シ、シメジさん……。な、なんで……。
シメジ  (シイタケの腕をはなす)よかったら、訳を話してくれない?何をしてたの?(観念して、ひざまずく)盗聴です。バナナ銀行のオーナーと悪徳政治家の……。
シメジ  盗聴……?なんのために。
シイタケ もう、隠していても始まりませんね。全てを話しましょう……。(立ち上がって空を見る)私の本当の名前は、山手タケオといいます。山手板金の社長をやってました。
シメジ  じゃあ、あの暴力団の人たちの話しは本当なの?
シイタケ 借金をしているのは本当です。でも、そんなことで逃げているんじゃない!借金はいずれ返します……。日本のこの平成不況は、いったいいつまで続くのだろうか……?私の会社も例外ではなかった。どう経営をやりくりしても、最高の製品を売り込んでも、この大津波のような不況の前にはなしのつぶてさ。でも、あと、五十万円さえあれば、最大の危機を乗り越えることができたかもしれないのに……。
シメジ  工面できなかったの?
シイタケ ああ、銀行の貸し渋りをうけてね。
シメジ  貸し渋り?いま話題になっている?自殺している経営者が何人もいるって……。
シイタケ ああ……。最後の砦、バナナ銀行に貸し渋りを受けた時などは、私も何度、自殺を考えたろう。あれは貸し渋りなんてものじゃない。貸さないのが前提なんだ。銀行の使命なんかあったものじゃない!原因をつきとめたら、全て、この不況を解消することができない無能な政治家たちの責任だ。ある日、私は意を決して、バナナ銀行の頭取に会いにいった。そこで、とんでもないものを見てしまったんだ。
シメジ  とんでもないものって?
シイタケ ある政治家が頭取に、ビジネスバックいっぱいに入った金を献金するところを……。そんな金があるなら、私たちに少しでも貸してくれればいいと思わないか。
シメジ  献金?なんのために?
シイタケ バナナ銀行といえば、日銀の業務の片腕を担う日本有数の銀行だ。要するに、政治家官僚の天下り先だ。私はその話しの一部始終を聞いてしまった。
シメジ  それで追われているのね。じゃあ、オカマになったのも……。
シイタケ そう、身を隠すためさ。はなっから公にできない話しだ。暴力団を雇って、私を捕まえに来たのでしょう。私は、弱い者を苦しめ、自分達はぬくぬくと甘い汁を吸う、日本の金持ち官僚どもが許せなかった。やつらの回している金は、私たち庶民の、働いて稼いだ汗と献身の染み込んだ税金じゃないか!まったく日本はどうかしている!悪政で国をどん底に落とした政治家も政治家なら、そいつらがいけないのを知ってて、泣き寝入りする国民も国民だ。銀行の貸し渋りに関して言えば、自殺者は千数百人を超えている。異常だよ。こんなに多くの人の生命がなくなっているんだ。これは私に言わせれば人災だ!人一人殺せば殺人罪だ。しかし、悪政を行って千人殺しても辞任すれば無罪放免だ!!こんなばかな話しがあるものか!
シメジ  シイタケさん……。
シイタケ 私は奴等をゆるさない。あの政治家とバナナ銀行の頭取の悪事を白昼の下にさらしてやる。しかし、証拠がなければ、また権力の力で、闇から闇へ葬られてしまうにちがいない。それで、ここに潜んで盗聴してたわけさ。
シメジ  そうだったの……。
シイタケ しかし、私がやろうとしていることは、ほんの氷山の一角を摘発するだけだろう。しかし、誰かが勇気を持ってやらなければ、けして、日本は変わらない。
シメジ  私のような、何のとりえもない普通の女の子ができる?
シイタケ もちろん。
シメジ  ありがとう。シイタケさんのことは、誰にも言わない。
シイタケ ありがとう、シメジさん……。
舞台   暗転。


・・シーン14・・

舞台   住人会議。マツタケ、立って進行をつとめる。座っているのは、ワラビ、ツクシ、コゴミ、シイタケ、パパイヤの面々。
マツタケ それじゃ、この中には山手社長はいないってことね。
シイタケ いいじゃないざますの。いないならいないで。ねえ。
ツクシ  私、学校の宿題があるしー。時間の無駄って感じー。
シイタケ そんなこと言って、あーた、またコゴミちゃんにやらすつもりでしょ。
コゴミ  いいんです、僕、勉強好きですから。それよりまた、終わったら遊びましょう。
シイタケ いいざますよ。今日はなにして遊びましょうかしら?
ツクシ  へんなこと教えないでって感じ。
マツタケ そんなことはどうだっていいの!今は裾野館存亡の危機に直面してるの!ツクシさん、あなた、本当に山手社長じゃないのね!
ツクシ  ああー、疑ってるー。だいたいこういうのってさあ、一番怪しくない人物が犯人だったってよくある話しだしー、案外、マツタケさんが山手社長だったりするかもー。
ワラビ  そうですね。推理ドラマだってそうだもんね。
マツタケ なに言ってんのよ!ああ、頭きた!全員、追い出してやる!
コゴミ  まあまあ、落ち着いてください。
マツタケ (パパイヤをみて)あなたでしょ!素直に白状しなさい!
パパイヤ ヨクワカラナイ。デモ、ミンナ、ナカワルイ。ヨクナイト、オモウ……。
舞台   シメジ、登場。上半身だけ普段着に着替え、下は忍び装束のまま。
シメジ  お姉ちゃん、なにやってるの?
マツタケ シメジ、なあにその格好。
シメジ  ごめんなさい。時間がなくて……。そんなことより、大家が住人を疑うなんてよくないわ。
住人   そうだ、そうだ。
シメジ  お姉ちゃん、ちょっと来て。(マツタケを奥側に連れてくる)
マツタケ なによ、シメジ!
シメジ  お姉ちゃん聞いて。私、山手社長が誰かつきとめたの。言わないって約束したけど、お姉ちゃんには言っとかないと……。
マツタケ シメジ、ほんと!だあれ?だれなの?
シメジ  絶対だれにも言わないって約束してくれる?
マツタケ 言わない、言わない。だれよ!
シメジ  ほんとよ。絶対よ。
マツタケ 絶対、絶対、約束!
シメジ  ほんとに約束ね……。山手社長さんは……、シイタケさん……。
マツタケ ふうん……、やっぱりね。
シメジ  お姉ちゃん、約束よ!
マツタケ (住人の方へ戻って、シイタケをどける)わかったわ、犯人……。シイタケさん。
住人   ええ!?やっぱりな。
シメジ  お姉ちゃん!
シイタケ (すくっと立ち上がり)ひどいわ!みんなして!(奥へいき、大きな荷物を持って出てくる)
シメジ  シイタケさん、どこ行くの?
シイタケ ばれてしまった以上、もう、ここにはいれないわ。みなさん、さようなら。
(玄関にむかう)
シメジ  シイタケさん、待って!……。みんな聞いて。シイタケさんは、確かに山手板金の社長さん。でもね、銀行の貸し渋りを受けて倒産してしまったの。それで、バナナ銀行の頭取にお願いに行った時、政治家と銀行がお金でつながっているのをみてしまったの!悪いのはシイタケさんじゃないわ!弱い人達をいじめるこの国の体質なの!シイタケさんは、たった一人で、権力という大きな化け物と戦っているの!
ツクシ  私の聞いた話しと違うしー。
シイタケ あれは、嘘です。シメジさん、もういいです。状況はどうあれ、みなさんを巻き込むわけにはいかないわ。
ツクシ  へえ、結構苦労してるしー。私と同じって感じ。
コゴミ  おじさん、行っちゃうのですか?
シイタケ お姉様とお呼び!残念だけどね……。
コゴミ  行っちゃやだ!お母様、このおじさんいい人だよ!だって、ぼくにいろいろなこと教えてくれたもん!板金の鋳造の仕方や加工の仕方や、会社経営のやりくりまで教えてくれたよ!ぼく、このおじさんとお友達だよ!
ツクシ  コゴミ……。
マツタケ コゴミちゃん、残念だけど、このオカマのおじさん、悪い人なの。このまま裾野館にいたら、全員バラバラになっちゃうの。その方が悲しいでしょ。
シメジ  そんなことないわ!みんなで戦いましょうよ!
シイタケ シメジさん、ありがとう。では……。(出て行こうとする)
パパイヤ PERSAHABATAN ADALAH SEGALANYA!!パパイヤ、ヨクワカラナイ。デモ、ワタシノ、オ母サン、オシエテクレタ。PERSAHABATAN ADALAH SEGALANYA!!日本ゴデ、『ユウジョウハ、全テノモノ』トイウ意味デス。ミンナ、ミンナ、トモダチ。
シメジ  パパイヤさん!
パパイヤ シイタケ、ドコイクデスカ!ワタシ、シイタケ、ダイスキ。マツタケサンモ、ダイスキ。ココニイルヒト、ゼンブ、ダイスキ。ケンカ、キライ!
シイタケ (無言のまま、出て行こうとする)
マツタケ ちょっと待って!
シメジ  お姉ちゃん!お姉ちゃんなら分かってくれると思ってた!
マツタケ 行く前に、家賃払ってちょうだい。
全員   (こける)


・・シーン15・・

舞台   二人組みのヤクザ、上手より早足で登場。
親分   今日こそ、山手社長をとっ捕まえてやる!
子分   そうですねえ、これ以上延びると、今度はぼくちゃん達の首が危ないですからねえ。
親分   だいたい目星はついている。この下宿屋に潜んでいることは分かっている。このまえ、あんなに脅しておいたんだ。誰が山手社長か調べがついているはずだ。
舞台   二人、玄関の扉を開ける。出会い頭にシイタケと向かい合わせ。
シイタケ ああ、この間の……!
住人   (立ち上がる)
親分   おお、我が愛しのご麗人。先日は失礼しました。(手の甲にキスをする)
住人   (こける)
シイタケ (住人の中に駆け戻る)
親分   さあ、事を荒立てないうちに穏便に済ませようじゃないか。見ろ。(百万円の札束を出す)ここに百万ある。山手社長がだれか教えてくれた奴に、こいつを無条件であげようじゃないか。どうだ、百万だぞ。見たことないだろ。
シメジ  あなたたち、卑怯じゃない!ここの住人がみんなお金ないの知ってて、そういうことするんでしょ!
親分   卑怯?いい響きじゃねえか。なあ!
子分   へい!
親分   さあ、この中で一番お利口な人はだれでしょう。さあ!教えてもらおうか!山手は誰だ!
マツタケ 教えたら本当にこのお金くれるの?
親分   ああ、バナナ銀行の頭取さんの特別なご配慮だ。この機会を無駄にするな。
マツタケ まあ、うれし!これで裾野館の経営の立て直しができるわ。
シメジ  お姉ちゃん、だめ!
親分   さあ、いい子だ。教えなさい。教えれば無罪放免、お前達の山手社長をかくまった罪も忘れてやろう。さあ、だれだ!言え!
舞台   (ざわざわ……)緊張。
親分   聞き分けのない羊ちゃんたちだ。てめえら!痛い目にあいてえのか!だれだ、山手社長はだれだ!(いきなりドスを抜く)
住人   (驚いて全員、倒れたり、ふせたり、壁にしがみついたりする)
親分   俺様を怒らせて、合口をぬかせてしまったようだな!
子分   怖いぞ〜。
親分   (合口を所かまわず振り回す)
住人   (全員、脅えて床に伏せる)
親分   俺様に刃物を持たせたら、右に出る奴はいねえ。なにしろ、暴力団の間じゃ、“カミソリの親分”といえば、知らない奴はいないんだ。なあ、子分よ。
子分   へ、へい!それだけじゃないんですよ。月に一回、地域の高校生を集めて、『ナイフとカッターの使い方』の講習会もやっているんです。
親分   ボランティアだぞ、ボランティア。お前たち、やったことあるか?『ナイフとカッターの使い方』の基本はな、“気に入らねえ奴は刺せ!”だ!
ワラビ  (しゃがんだまま)まあ、まあ、落ち着いて、落ち着いて……。
親分   刺される前に、山手は誰か白状して、すっきりしちまいな!
シメジ  (しゃがんだまま)そ、そ、そんな物で脅したって、言うもんですか!
ワラビ  (しゃがんだまま)け、け、警察に訴えてやる。
親分   ほほ、言わねえか。わかった。(合口をしまう)バナナ銀行の頭取さんは、政界でも顔が広い。こんなちんけな下宿屋つぶすのなんか訳もねえ。早速帰って手筈を整えようぜ!行くぞ、子分!
子分   へい!
マツタケ (しゃがんだまま)す、裾野館をつぶすって……、ま、待って……!
親分   なんだ?言う気になったか?
マツタケ 言うわ……。
親分   お利口な子羊ちゃんが、一匹いたぜ。そうだろ、そうだろ、この下宿屋がつぶれたら、明日からまんまが食えねえもんな。
シメジ  だめよ!お姉ちゃん!言っちゃだめ!!
親分   なにしてる、早く言え!
マツタケ 山手社長は……、山手社長は……、
シメジ  お姉ちゃん、だめ!
親分   言うのか、言わねえのか!はっきりしろ!
マツタケ 言うわよ!山手社長は……、
親分   ええい、じらすな!はやく言え!
マツタケ うるさいわね!いま言うわよ!山手社長はね、
シイタケ (すくっと立ち上がり)私が山手だ!
シメジ  (立ち上がり)いいえ、私が山手社長よ!
ワラビ  シメジちゃん……。(立ち上がり)ぼ、ぼくが、や、山手社長だよ!
コゴミ  (立ち上がり)いや、僕が山手社長でございます!
ツクシ  (コゴミをかくまって立ち上がり)私が山手だしー!
パパイヤ (立ち上がり)ワタシ、ヤマテシャチョウ、デス!
ブナじい (なぜか突然奥より現われ)わしが山手じゃ!
マツタケ ……。ったく、ここの住人ときたら!裾野館も今日でしまいね。本当のことを言うわ!私が正真正銘の山手社長よ!
シメジ  お姉ちゃん……。
親分   ばかやろう!人をこけにするな!ほう、(シメジに)お前が山手か!(ワラビに)お前が山手か!(ツクシに)お前が山手か!全員、山手か!上等じゃねえか!全員とっ捕まえてやる!
シメジ  いいわよ!捕まえるなら、捕まえなさいよ!
親分   おい、聞いたか?お望みどうり、捕まえちまえ!やれ!
子分   へい!(縄を持って縛りはじめる)
親分   (シイタケの前に進み、一礼)ご麗人、あなたはこんな雑魚どもとつきあっている必要はありません。この一件が片付いたら、私と結婚して、地中海辺りに新婚旅行と洒落込みましょう。
シイタケ なに言ってんのよ!私が山手社長だって言ってんでしょ!(かつらをはずす)
シメジ  シイタケさん!
親分   (唖然。目をこすって)あ、あなた……、男だったの……?ショック!!(背を向けて、よろけながら玄関に向かい、歩いて出ていく)
子分   あ、親分!待って下せい!山手社長は、どうすんですかい?
親分   そっとしておいてちょーだい!私の愛した人が男だったのよ!私にだって、心の整理が必要なの!(上手へ走ってはける)
子分   あ、親分、待ってくだせーい!(追いかけていく)
ワラビ  なんか、変な転開になってきたぞ……。
シメジ  シイタケさん、一刻も早く盗聴を成功させて、警察でも、マスコミでも、真実を訴えにいかなきゃ!
シイタケ ありがとう、シメジさん。
ブナじい よかった、よかった……。
ワラビ  ところでブナじいさん、なんでここにいるの?じいさんの家はあっちでしょ。
ブナじい あれ?なんでじゃ?おかしいな……?(帰っていく)幸子さん、わしのネマキしらんかい?幸子さーん……。
ワラビ  変なじいさんだなあ……。
ツクシ  つかれたしー。行くわよ、コゴミ。(はける)
コゴミ  おじさん、よかったね!(ツクシに続く)
舞台   一人一人はけていく。


・・シーン16・・

舞台   下手よりブナじいさん、『そして、数日後』と書いたプラカードを持って、ゆっくり、上手へはける。パパイヤ、荷物を持って奥より登場。続いて、シメジとワラビ登場。
シメジ  パパイヤさん、ありがとう。とっても楽しかった。こんど、インドネシアに必ず遊びにいくから……。
パパイヤ オセワニナリマシタ。
ワラビ  パパイヤくん、僕も手紙書くからね。返事ちょうだいね。
パパイヤ ワカリマシタ。エイゴデスカ?
ワラビ  英語はもうやめた。パパイヤくん、日本語上手になったから、日本語で書くよ。
パパイヤ ワラビ、ワタシ、トモダチ。
ワラビ  うん、友達だよ。
ワラビ・パパイヤ (握手をかわす)
シメジ  よかった、二人が仲良しになって……。
パパイヤ サヨナラ。(玄関を出ようとする)
シメジ  ああ、ちょっと、待って……。(奥を気にして)もう、お姉ちゃん、なにやってんだろう……。お姉ちゃん!パパイヤさん、行っちゃうわよ!
マツタケ (急いで出てくる)ああ、よかった。間に合った。(手荷物を渡す)
パパイヤ ナンデスカ?
マツタケ ジャパニーズ・ファーストフード。どう、私だって英語覚えたのよ。おにぎりよ。道中長いでしょ。おなか空くといけないと思って。
パパイヤ マツタケサン、アリガトウ。デワ、サヨウナラ。(出ていく)
三人   さようなら!(見送る)
パパイヤ (来たときと同じように、ピョンピョンはねながら退場)
ワラビ  (パパイヤの姿が見えなくなるのを確認して、半泣きで)いい奴だったなあ……。
(奥へはける)
舞台   シイタケ、荷物を持って奥より登場。
シイタケ あれ、パパイヤさん、もう行ってしまったの?
シメジ  たった今……。あれ?シイタケさん、その格好……?
シイタケ いろいろご迷惑をおかけしました。おかげで、証拠もできました。(テープを見せる)
シメジ  行くの?
シイタケ はい。
マツタケ さみしくなるわね。
シイタケ ええ。
マツタケ 住人のみんなにはお別れを言ったの?
シイタケ お別れなんて、そんな……。また近いうちに来るつもりなので……。しみったれたことは嫌いなんです。
マツタケ そう……。
三人   (玄関に歩いていく〜シイタケ靴をはく)
シメジ  シイタケさんの勇気、一生忘れない。
シイタケ 私も、シメジさんの優しさ、一生忘れない。
舞台   三人微笑む。上手より子分の声がする。
子分   (声のみ)親分、その姿で本当にいくんですかい?
親分   (オカマになった姿で登場)ほおっておいてちょうだい!あんたになんかね、私の気持ちが分かってたまるもんですか!(客席向いて)愛は尊いの……。
(玄関に行き、シイタケと鉢合わせ)
シイタケ うわあ!化け物!(逃げ惑う)
親分   (シイタケをつかまえて、両膝をつく)たとえ、あなたが男でもかまわない!私、暴力団をやめて、女になりました。私をどこへでも連れてって!
子分   お、親分!
シイタケ (飛び跳ねる)勘弁してよ!(逃げる)
親分   お願い、あなたの女にしてー!
住人   (なんの騒ぎかと次々に出てくる。つられて全員走りまわり、裾野館は大騒ぎ―――)