> ここは下宿屋裾野館『こんな世間に誰がした!?〜の巻』 第2場面〜ヤクザと裾野館の住人
ここは下宿屋裾野館『こんな世間に誰がした!?〜の巻』 第2場面〜ヤクザと裾野館の住人
< 登場人物 >

裾野シメジ………快活で明るい女の子。しかし、突拍子もないことをしでかす。
裾野マツタケ……裾野館の大家で未亡人。気性のはっきりした性格。
山田ワラビ………裾野館の住人。大学10年生。
小沢シイタケ(山手タケオ)………わけあって裾野館に居候することになった怪しいオカマ。
松山ツクシ………とんでる女子高生ママ。経済苦で裾野館に住むことになった。
松山コゴミ………ツクシの子ども。小学校1年生。
ブナじいさん……裾野館の近所に住んでいるボケ老人。
パパイヤ…………裾野館にホームステイすることになったインドネシア人。
親分………………バナナ銀行の頭取に雇われた暴力団。
子分………………親分の子分。
外人

《演劇活動をされている方へ》
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第2場面〜ヤクザと裾野館の住人


・・シーン6・・

舞台   黒服でサングラスをした二人組みのヤクザ、上手より慌てた様子で現われる。親分が先に中央に来て、辺りをキョロキョロする。疲れた様子の子分が追い付く。
親分   おい、早くしろい!
子分   へ、へい!(ぜいぜい、息をしている)
親分   このうすのろ!
子分   へい!
親分   こんなことしてる間にな、奴が遠くに行っちまったらどうすんだよ!
子分   へい!
親分   へいへい、へいへいってな、それしか言えねえのか!
子分   へい!
親分   まあ、そんなに慌てることはないか。山手板金が倒産して、山手社長は文無しだ。電車に乗る金もないはずだ。は、は、は、は……。
子分   (真似をして)は、は、は、は……。
親分   (子分をひっぱたく)真似すんな!それにしてもひでえ話じゃねえか。銀行の貸し渋りであえなく倒産する中小企業が続出してるが、あのバナナ銀行の頭取はひどいものだ。中小零細企業に金を貸し渋って、はじからつぶしているんだぜ。あの山手社長なんかかわいそうなものだ。たった五十万円が借りれなくて倒産だ。不況のせいにしちまえばそれまでだが、バナナ銀行もけちなものさ、なあ!
子分   へい!でも、あっしにゃ分かんねえんですがね、どうして、山手社長をとっ捕まえなくちゃいけないんですかい?
親分   それよ。なんでも、見ちまったらしいんだ。バナナ銀行の頭取が、ある政治家と密会して、金を受け取るところをよ。そいつがばれれば、その政治家はもちろん、頭取もろともお縄よ。やっきになって探すわけさ。
子分   それで、暴力団の僕ちゃんたちを雇ったのか。
親分   バナナ銀行っていえば、政治屋や官僚どもの天下り先だろ。奴等は公的資金を横流しして、隠居後の勤め先を確保しようとしてるんだ。全く悪い奴等が政治を動かしているんだ。世の中、良くなるわけがねえよな。
子分   へえ、親分、見掛けによらず頭がいいんですねえ。
親分   あったりめえよ!政官行の癒着は日本の社会体質の常識だ。そういうことがあるから、俺達もまんまが食えるってわけだ。悪い奴は悪い奴とくっつき、弱い奴等をいじめ、正義の人を陥れる。この社会は悪い奴が得をする仕組みになってんだよ。
子分   へえ……、僕ちゃん、暴力団でよかった。
親分   そうだろ……。そんなことより、奴を早く捕まえなければ!ん……?(入居者募集の貼り紙に気付く)月二万か……。くさいな……。
子分   (鼻をくんくんやり出す)
親分   (真似をしてくんくんやる〜だんだん地面の方をかいでいき、あるところで止まる)
子分   親分、犬のうんちです!
親分   ばかやろう!こんなところで遊んでいる暇はない。行くぞ!
子分   へい!あ、待って下さいよ!
舞台   親分、子分、下手へはける。


・・シーン7・・

舞台   奥から登場するコゴミ、それを追いかけるツクシ。
ツクシ  コゴミちゃん、お願い。ママの宿題やってよん。
コゴミ  微分積分くらいやっておいた方がいいですよ、母さま。いつもぼくにやらせていたんじゃ、いつまでたっても力がつかないと思います。ぼくは、あのパパイヤさんとお友達になりたいのです。インドネシアの文化について、聞きたいことがありますので。
ツクシ  ママ、これからお仕事なの。今日のパパはね、有名な代議士なの。だから、お小遣いもたくさん貰えるし、コゴミにもほしいもの買ってあげられるし……、
コゴミ  え、ほんとですか!ぼく、宝虫社から出ている世界大百科辞典がほしいのです。
ツクシ  いいわよ、買ってあげるしー。
コゴミ  やったあ!貸してくださいませ。(ツクシからノートと鉛筆を取り上げて、机に座る)
ツクシ  コゴミちゃん、ありがとう!
舞台   シイタケ、ヘッドホーン付のラジオのような物を持って登場。
シイタケ まんずこのおんぼろ、役に立たないんだから!(ツクシ達に気付き)あら、女子高生ママさん、いらっしゃったざますの?
ツクシ  (無視)
シイタケ ちょっとお茶でもいただこうかしら……。(お茶を注ぐ)ツクシさんだったかしら……?同じ日にここに住むようになったのも何かの縁、仲良くしましょ。(ツクシに寄る)
ツクシ  チョベリバ!
コゴミ  おじさん、なんだいその機械。
シイタケ (慌てて)お、こ、これ?これはラジオよ。(後ろに隠す)
コゴミ  かわったラジオですね。ぼくの知りうる限りでは、そういう形態のラジオは、どのメーカーからも販売されてないと思いますが。ちょっと見せていただけませんか?
シイタケ え?ああ、ダメダメ。これはまだ試作の段階ですから。そんなことより、お勉強?偉いわね、お姉さんが教えてあげるわ。お姉さん、足し算引き算は大得意だったのよ。(コゴミからノートを取り上げる。〜暫く考えるが全く分からず)勉強はやっぱり自分の力でやらなきゃね、身につかないから……。(ノートを返す)
コゴミ  これは、お母様の宿題です。
ツクシ  そう、私のー。文句ある?
シイタケ あらやだ、あーた子供に宿題やらせてるの?だめよ、自分のことは自分でやらなきゃ。子供は親の姿見て育つんだから。
ツクシ  人の家庭にいちいち首つっこまないでって感じ?
シイタケ だいたいね、あんたみたいな親がいるから、日本はこんなんなっちゃたのよ。
ツクシ  私が一体何したっていうのよって感じー。高校いってるしー、働いてるしー、子育てしてるしー、誰にも迷惑かけてないしー、
シイタケ しー、しー、しー、ってね、ここはトイレじゃないのよ。その話し方やめてくれない。聞いてるだけで、胸がむかむかしてくんのよね。
ツクシ  あ、そう。人のしゃべり方までいちいちケチつけるの。チョームカツク。だいたい、今の社会を作ったのは、今の大人たちだしー、あんた達の責任って感じー。あんた達は、嘘をついてはいけません、悪いことをしてはいけません、人に迷惑をかけてはいけません、といいながら、自分達はその反対のことばかりしているしー。私たちが反発しようとするものなら、規則、規則で押さえつけようとするしー。私の人生どうしてくれんのよーって感じ。でも、私にはコゴミちゃんがいるしー。そんなことより、おじさんオカマでしょ。化粧へたー。少し肌の手入れをしたほうがいいって感じー。
シイタケ ひどい、ひどい……。私だってね、やりたくてオカマやってんじゃないわよ。世の中不況で、私の経営していた板金会社も倒産したわ。機械の止まった工場で、私は一人作業イスに座っていた……。ふと足元を見ると、新聞くらいの大きさの板金が落ちていたわ。どういうわけか、私はそれを拾い上げて、近くにあった紙やすりで、わけもなく磨きはじめたの……。ゴシ、ゴシ、ゴシ……。どれくらいこすっていただろう、ゴシ、ゴシ、ゴシって……。気が付くと、日はもう沈んでいたわ。突然、工場の明かりがパッとついたかと思うと、ドア越しに大きな荷物を持った妻が立っていた。妻は一言「長い間お世話しました」―――そう言って、出ていった……。私は悔しくて悔しくて、手にした板金を握り締めたの。すると、そこに私の顔がゆがんで映っているんだよ。「ああ、俺ってこんな顔してたかなあ」って。そのうち「よく見ると美形じゃん」って思いはじめて、気が付いたらこうなっていたのよ。
ツクシ  くだらない、みたいな……。
シイタケ あんたになんかね、私の気持ち分かってたまるもんですか!
コゴミ  ちょっと二人とも、静かにしてくれませんか。
ツクシ  ごめん……。(時計をみる)いけない。もうこんな時間。仕事いかなくちゃ!コゴミ、じゃ、あとよろしくね。(ハンドバックを持って出ていく)
コゴミ  いってらっしゃーい。
シイタケ なんだ、お母さん、仕事か?
コゴミ  (宿題をやりながら)うん。男の人とデートして、お金を稼いでいるんです。今日のカモは代議士だって。
シイタケ ふうん……。世も末でございますわね……。
コゴミ  よし、できた!(ノートを閉じる)おじさん、遊びませんか!
シイタケ 姉さんよ!
コゴミ  パソコンをしましょう。ぼくの部屋に来て下さい!行きましょう!
舞台   コゴミ、シイタケの手を引っ張って、二人奥にはける。シイタケ「痛い痛い」と言いながら行く。


・・シーン8・・

舞台   シメジとパパイヤ登場。それを気にしながら、英語の本を抱えたワラビが続く。シメジとパパイヤは、机に座って日本語の勉強をはじめる。ワラビ、その隣に座り、英語の勉強をはじめる振り。
シメジ  でも、パパイヤさん、私が先生でいいの?
パパイヤ ニホンゴ、スタディー、ウレシイ。
ワラビ  ボ、ボクも、日本語にしようかな……。
シメジ  ワラビさんは、英語。それじゃ、はじめましょ。「私の名前は、パパイヤです。インドネシアから、来ました。」
パパイヤ 「ワタシノ、ナマエハ、パパイヤデス……。」
シメジ  そう。「インドネシアから、来ました。」
パパイヤ 「インドネシアカラ、チマシタ……。」
シメジ  「来ました。」
パパイヤ 「チマシタ……。」
シメジ  まあ、いいわ。じゃ、次ね……。「私は、日本が大好きです」
パパイヤ 「私ハ、日本ガダイスキデス」……。ダイスキ?
シメジ  そう、大好き。very very like、そうね……、Loveって言った方が近いかしら。
パパイヤ ラブ……。オオ、Love!(シメジに向かって改まって)私ハ、シメジ、ダイスキ!
シメジ  (拍手しながら)そう、そう、そういう使い方でいいの!
ワラビ  (煮を切らして)パパイヤくん、ちょっと馴れ馴れしいと思うんだけどな!ぼくだってシメジちゃんに、そんなこと言ったことがないんだからな!
パパイヤ (不思議そうに)ワラビ、オコル、ナゼ?
シメジ  ワラビさんが怒るのはなぜかって?パパイヤさん、いつのまにそんな日本語覚えたの?すごい、すごい!
パパイヤ 私ハ、ミナサント、ナカヨシ、ナリタイ。ダカラ、ニッポンゴ、ガンバル。
シメジ  パパイヤさん……。
ワラビ  ふん、いいんだ、いいんだ……。どうせぼくなんか知能指数ひくいもんね……。
パパイヤ ワラビ、私、トモダチー。
ワラビ  ふん、ぼくは友達になんかなりたくないよーだ!
パパイヤ ワラビ、オコル、ナゼ?カナシイ……。
シメジ  ワラビさん、パパイヤさんを悲しませちゃだめじゃない。大切なお客様なんだから……。
ワラビ  シメジちゃん……。ワラビ、悲しい……。
シメジ  続けましょ。「長野駅はどこですか?」
パパイヤ 「ナガノエキワドキョレシュ……?」
シメジ  いい、もう一回ね……。
舞台   日本語の学習続く。暗転。


・・シーン9・・

舞台   下手側、仕事帰りのツクシ登場。下手側に向かって手を振る。酔っている様子。
ツクシ  パパー、ありがとう!またねえー!ヒィック。(振り返って玄関の前にくる)ヒィック。あの、スッケベじじい……。ヒィック。(中に入る)ただいま。
シメジ  あら、ツクシさん、お帰りなさい。(時計を見る)やだ、もう、こんな時間……。寝なきゃ。パパイヤさん、今日のお勉強はここまでにしましょ。ベンキョウ、オワリ……。
パパイヤ アリガト、ゴザイマシタ。
シメジ  どういたしまして。(立ち上がって)じゃあ、私、寝るわね。おやすみなさい。(奥へ行く)
ワラビ・パパイヤ おやすみなさい。
ツクシ  (机に来て座る)はあ〜あ、ヒィック。チョー疲れた。お茶くんねえか?
ワラビ  は、はい。(お茶を入れて、ツクシに渡す)ツクシさん、酔っぱらっているんですか?
ツクシ  これが酔わずにいられるかって感じ?ヒィック。金稼ぐのも、楽じゃないねえ。今日の男なんてさ、チョー金持ちのくせに、5万しかくれないんだもん。こっちは生活するためにピーピーいってるって感じ?家賃でしょ、学費でしょ、コゴミの教育費でしょ、食費でしょ、電話代でしょ、そのほかもろもろって感じ?……。いったいこの社会、どこまで私たち弱者を苦しめれば気が済むのってゆーかー。ワラビっていったっけ……、あんたんち金持ちだって話じゃない。マツタケさんから聞いたよ。頭悪いくせに、一流中学、一流高校、一流大学と、全部金の力で入学したってゆーじゃん。チョーうらやましいね……。私もそんな金持ちの家に生まれたかったって感じ?
ワラビ  (ポケットをごそごそやって、札束をとりだす)これ、少ないけど……。(ツクシに渡す)
ツクシ  なによ、これ。
ワラビ  お金です。ツクシさん、お金に困っているようだから……。
ツクシ  ばーか!こんなもの、もらえないしー!人を馬鹿にするなって感じ?
ワラビ  でも、あげるよ。ぼく、いらないから。
ツクシ  いらないって言ってんショー!
ワラビ  いいよお……。
ツクシ  いらないしー。
(奥からシイタケ登場)
シイタケ では、私が……。(札束を持ってはける)
ツクシ  まったくあのオカマは何を考えているんだ?(ふと、パパイヤに目を移す)
パパイヤ (ツクシに会釈)
ツクシ  あんた、パパイヤさん……だっけ?こんなチョー住みにくい日本で、よくホームステイする気になったねって感じー。
パパイヤ ニッポンゴ、ワカリマセン。
ツクシ  そっか、わからないよね……。でも、あんたの住んでる国、チョーたいへんらしいね。コゴミから聞いたよ。暴動でさ、庶民に大統領おろされたんだって?日本じゃ考えられないね。私たち貧乏人は政治家たちに差別を受けるだけ受けてさあ、あんたたちの国民はたいした勇気あるって感じー。(突然ゲロをはきそうになる)ウエッ。チョー具合悪る。私、もう、寝るわ……。ウエッ。(頭を押さえながらはける)
パパイヤ ダイジョウブ、デスカ?
ツクシ  あんた、やさしいね。おやすみ。
パパイヤ (元気に手を振りながら)オヤスミナサイ。


・・シーン10・・

舞台   下手よりやくざの二人組登場。
親分   おい、早くしろい!
子分   へ、へい!
親分   ここだ。どうも、さっきからこの下宿屋が気になってしょうがねえ。ここら一帯しらみつぶしに探しても奴の気配がない。残るはここだけだ。月二万だろ、それに敷金礼金なし。奴にとって、恰好のアジトじゃねえか。おめえもそう思うだろ!
子分   へい!
親分   ようし!続け!
子分   へい!
親分   (玄関に来て扉をドンドンとたたく)
ワラビ  あれ?こんな夜中にだれだろう……。(立ち上がって玄関に行き、扉を開ける〜やくざを見て)うわあ!
親分   じゃまするぜ!(土足で上がり込む)
子分   じゃまするぜ。
ワラビ  だれ!君たち!
親分   見ての通り、暴力団さ。つかぬことをお聞きするが、ここに山手という名の男がいるはずだが、出してもらおうか!
子分   出してもらおうか。
ワラビ  山手?だあれ、それ……。
親分   とぼけるな!俺達も余計な暴力はふるいたくない。出来る限り紳士的でいきたい。ここの住人を全員あつめろ!
子分   あつめろ。
ワラビ  は、はい。いま、大家さん呼びます。マツタケさーん!マツタケさーん!(奥へ行く)
マツタケ ねによ、こんな夜中に、騒々しいわね。(ワラビにつれられて、登場。〜やくざを見る)だれ、この人たち。
親分   おまえさんがここの責任者か。俺たちは善良な暴力団だ。ちと野暮用があってな、ここの住人、全員この場所に集合させな!
子分   させな。
マツタケ なんで?訳も話さないで、しかもこんな夜中に、非常識じゃない!
親分   聞こえねえのか!
子分   聞こえねえのか。
親分   素直に言うことを聞かねえと、
子分   聞かねえと、
親分   痛いめにあわせるぜ!(ドスをだす)
子分   あわせるぜ。
親分   (子分をひっぱたく)いちいち真似すんな!
子分   へい!
マツタケ ひえ〜っ!ちょ、ちょっと待って下さい。大至急集合させますんで!(慌てて奥に行く)全員集合!全員集合!
親分   物分かりのいい大家だ。
住人   やがて、住人達がぞろぞろと、口々に「どうしたんだよ」「何があったんだ」と言いながら登場する。(シメジ、ツクシ、コゴミ、シイタケ、なぜかブナじいさん)
親分   全員整列!!
住人   (慌てて横一列に整列する)
舞台   左から、マツタケ、シメジ、ワラビ、ツクシ、コゴミ、パパイヤ、ブナじいさん、シイタケの順。
親分   これで全員か?
マツタケ はい、全員です。
親分   ようし、住人ども!耳の穴かっぽじってよーく聞け!この中に、あの天下のバナナ銀行から莫大な借金をし、逃げ惑っている奴がいると睨んでいるんだがな。借金のため倒産した山手板金の社長をしていた男だ。名は山手タケオ、今は身をくらまして、どこへ行ったか分からない。ひょっとしたら、名前を変えて、あるいは変装して、この辺りに潜んでいる可能性が高い。この中に、山手社長がいたら、素直に名乗りなさい。バナナ銀行の頭取さんも寛大な方だ。借金の一部を免除にしてもいいそうだ。さあ、山手社長、出てこい!
住人   (お互いにザワザワ話し出す)
親分   うるさい!静かにしろ!ようし、名乗らないなら、一人一人に尋問してやるから、正直に答えるんだぞ!いいな!(まずマツタケに聞く)名前は?
マツタケ す、裾野マツタケです。私は違うわよ。だって、ここの大家だもの!嘘だと思うなら、市役所行って住民票調べてくればいいわ!こっちが、妹のシメジ。
シメジ  裾野シメジです。よろしく……。
マツタケ よろしくはいいの。わ、私たち、生まれた時からここで生活してるの。
子分   親分、この二人はちがいますぜ。
親分   女に変装してるってことも考えられる。(ワラビに移る)名前は?
ワラビ  や、山田ワラビで、で、で、です……。ぼく、十年前からここで、お世話になってる大学生です。
シメジ  ワラビさんは、違うわ。だいたい会社の社長なんてねえ。
ワラビ  ねえ……。ぼく、ばかだから……。
親分   ほんとにばかのようだな。(ツクシに移る)おまえは?
ツクシ  ヒック。松山ツクシ、こっちが息子のコゴミ。ヒック。ああ、頭いたいしー。
子分   親分、こいつ酒飲んでますぜ。
親分   あー、いーけないんだーいけないんだー。せーんせーに言ってやろー!おまえ、女子高生だろ。まだ、酒飲んじゃいけないんだぞー!怪しいな。
子分   でも、こんな若い女が山手社長なわけないですぜ。
親分   最近の整形技術は進んでいるんだ。わからんぞ。(コゴミに目を移す)こいつも怪しいな。
子分   親分、まだ、ガキですぜ。
親分   最近の科学は進んでるんだ。メルモちゃんの青いキャンディーを食べたかもしれねえ。
子分   メルモちゃんなんて古いですねえ……。
親分   (パパイヤに目を移す)お前は?
パパイヤ ワカリマセン……。
シメジ  パパイヤさん、自己紹介、自己紹介。
パパイヤ オオ、ワカリマシタ。ワタシ、インサン。1回ケイヤクデ、タカラムシニ、所属シテマス。
全員   (こける)
ワラビ  おまえ、本当のこと言ってどうするんじゃ。
親分   (ブナじいさんに)お前は?
マツタケ ブナじいさん、なんでここにいるの?
ブナじい わしゃ、近所に住んどるブナじいじゃ。宝虫にゃ役者が少なくてな。裾野館の住人を全員集めてこれだけじゃさびしいじゃろ。人数の足しにいいと思ってな。
全員   (こける)
親分   おまえら!俺達をおちょくっているのか!次っい!ぶざけたこと言ったら、ただじゃすまねえぞ!(シイタケを見て呆然とする)
シイタケ わたくし、小沢シイタケといいます。(親分の視線が気になって)な、なによ、その目……。
親分   (シイタケに近寄り、客席に身体をむけ、空を見つめる)な、なんて美しい人だろう……。
全員   (こける)
親分   (シイタケに向き)そのつぶらな瞳、知性を感じさせる口許……。おい!(子分を呼ぶ)
子分   へい!(ワイングラスを持っていく)
親分   君の美貌に乾杯……。
全員   (こける)
親分   なんというめぐり合わせ。なんという幸せ……。僕は君と出会うために生まれてきたに違いない。君は満天の星空の流星。果てしない荒野に咲く一輪の花……。君の前では、あのモナリザの微笑みさえ色あせてしまう。おい子分!例の物!
子分   へい!(バラの花束を持っていき、親分に渡す)
親分   これを……。君にはバラの花がよく似合う。どうぞ、このわたくしめの、つ、つ、つ、つ……、妻になってはもらえないでしょうか。
全員   (ドヒャー!)
親分   今日は突然うかがいまして、失礼しました。あなたがいると知っていれば、こんな無礼は謹んだものを……。また、参上つかまつります。おい、いくぞ!
子分   へい!
舞台   親分、子分、出ていく。
子分   親分、いいんですかい?山手社長をみつけなくて。
親分   あ、わすれた……。
子分   親分には言いにくいんですがね、あっしゃ、あのシイタケが一番怪しいと思うんですがね。
親分   (子分の頭をひっぱたく)ばかやろう!あんな美しいご麗人が、山手社長のわけがないだろ!俺は、あのパパイヤと名乗った男が奴だと思う。
子分   いや、絶対シイタケ……、
親分   (ひっぱたく)おまえ、どこに目をつけてんだよ!いくぞ!
子分   へ、へい!
親分   おお、なんという美しき運命……。
舞台   二人、上手にはける。


・・シーン11・・

舞台   暴力団が去った裾野館。住人達が疲れたように座っている。
ワラビ  物好きな暴力団だったねえ。
ブナじい そんなことより、いったい、誰が山手社長なの?
マツタケ そうよ。もしこの中にその山手社長がいるとしたら、私たちは借金泥棒の片棒をかついだことになるのよ。
ブナじい そいつはまずいことになるぞ。地域の信頼をなくし、もはや裾野館はおしまいじゃ!
マツタケ (ブナじいさんに気付き)なんで、ブナじいさん、ここにいるの?
ブナじい ありゃ、なんでじゃろ……?
マツタケ あなたの家はあっち!
ブナじい わしゃ、なんでこんなところにおるんじゃ?ありゃ?晩飯くったっけなあ?
(立ち上がって、ぼーっとして出ていく)
マツタケ だめだ、重症だ。
シメジ  でも、本当にこの中に山手社長がいるの?
シイタケ わ、私じゃないざますよ!(ツクシをみる)
ツクシ  わ、わたしー!?チョムカー!
シイタケ な、なんざます、そのチョムカって?
コゴミ  ちょームカツクの略でございます。
ツクシ・シイタケ (ワラビをみる)
ワラビ  え、ええ?ぼ、ぼく!?ぼくかなあ……?いやいやいや、違う違う。(パパイヤを見る)
パパイヤ (ただ、ニコニコ笑っている)
シメジ  パパイヤさんじゃないわ!ひどい!みんな……。
ツクシ  あ〜あ。ちょー疲れた。なんだかとんでもない下宿屋に入っちゃったわね。つきあってられないって感じー。コゴミ、もう、寝しょ。(立ち上がって奥に行ってしまう)
コゴミ  みなさん、おやすみなさい。(ツクシにつづく)
シイタケ によ、ツクシさん、あなた逃げるの?ああ、ばかばかし!この中に借金泥棒がいるなんて!私ももう、寝ましょ!(奥へ行く)なんだか、いやな雰囲気だわ!
ワラビ  ぼ、ぼくも、寝よ……。(逃げるように奥へ行く)
シメジ  パパイヤさんも、もう遅いから寝ましょ。Good night.
パパイヤ オオ、ハイ、オヤスミナサイ……。(立ち上がって奥へいく)
マツタケ おやすみ……。(ため息)
シメジ  お姉ちゃん、どうしよう……。みんなの心がバラバラ……。
マツタケ シメジ、覚えているかな?私たちがまだ子供だったころ……。この裾野館がまだ旅館をやっていて、お父さんとお母さんが切り盛りの全てをやってたころ。ある日、文無しのお客さんがうちに来て、一晩泊めてくれって……。
シメジ  覚えてる。ガリガリに痩せた男の人だった。
マツタケ お父さんは、その人がお金持ってないのを知ってて、最高のもてなしをしてた。その男の人が涙を流しながらお料理を食べていたの、私、今でも覚えてる。
シメジ  うれしかったのね……。
マツタケ あの人が去ったあと、お父さんが言ってた……。「所詮、人間関係なんて、他人を信じてあげることからはじまるんだ。あの男が何者か、わしには分からん。でも嬉しそうだったじゃないか。わしは旅館をやってて、それだけで満足だ」って……。
シメジ  お姉ちゃん、やるわ、私……。
マツタケ やるって、おまえ……。
シメジ  このままじゃ、裾野館は不審が不審を呼んで、みんな、去っていくわ……。もし、山手社長がここにいるなら、その人をつきとめて、話しをしてみる。
マツタケ まったく……。言い出したら、聞かない娘だからねえ……。勝手にしな。
シメジ  ようし!(体操をはじめる〜手裏剣を投げるしぐさ)
舞台   マツタケ、シメジの動きを気にもかけないでお茶を飲む。〜暗転。