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(四)挑戦
 百恵は国家試験の介護福祉士を目指そうと思った。さしずめ地方自治体の行う講座を受講すれば数ヶ月で資格の得られるホームヘルパー二級を取得し、その後はどこか近くの老人介護の仕事をしながら経験を積み、受験資格が得られたところで挑戦をしようと考えた。
 さっそくこの四月から行われる講座を見つけだすと、迷わず申し込み、コンビニに勤めながら介護の道に進む決心をしたのである。自分の進むべき道に迷い、苦しんでいた日々が嘘のように思えたのも、忘れていた記憶の中で、祖母が一輪の椿の花となり、自分を導いてくれたのだと感じた。
 それは国内ばかりでなく世界をも襲う地震や津波などの自然災害の不安や、身近に起きる犯罪の数々をよそに、百恵の心を明るくしていた。
 そんな百恵に朗報が舞い込んだ。
 それは久しぶりに大学時代の絵画サークルのメンバーで飲もうと集まった時だった。百恵はビールを一口飲めば、もう頭がクラクラしてしまう体質だったが、久しぶりの再会に胸躍らせた。俊介の急な提案だったが、高梨雄助と百恵の親友田中彩香の四人は、昔話に花を咲かせたのである。
 高梨は公務員、彩香はいずれ独立するため今は美容室で実務経験を積む美容師だった。
 「ねえ、みんな、まだ絵はやっているの?結局芸術系の道に進んだのは私だけってわけか……。ネエ、ところでモモはいつまでコンビニでバイトするつもり?」
 彩香が少し酔いながら言った。
 「う、うん……。いま、考えている事があって……」
 歯に衣着せぬ間柄とはいえ、百恵はまだ自分が定職についていない事に引け目を感じていた。その時、俊介と高梨は顔を見合わせて微笑んだ。
 「なによ、男二人で顔を見合わせて笑ったりして。気持ち悪い」
 彩香が言うと、俊介は少し誇らしげに、
 「実は今日みんなで集まったのにはわけがあるんだ。百恵の就職祝いさ」
 と言った。
 「どういうこと……?」
 百恵が首を傾げると、急に高梨が立ち上がり、ひとつ咳払いをした後、
 「発表します!本日、馬場百恵さんのコスモス園への就職が決まりました!」
 と、声高らかに叫んだ。百恵はあっけにとられて、「どういうこと……?」を繰り返すと、すかさず俊介が、
 「百恵この間言ってたね。老人介護の仕事をしたいって。あの後さっそく雄助に言っておいたんだ」
 「そしたら今日、仕事中に姉貴から電話があって、コスモス園の介護スタッフに急遽欠員が出たって。『あんたの知り合いに介護の仕事したい人がいるって言ってたわよね』って!正式採用は面接してからじゃないとダメだけど、ほぼ決定。俺、姉貴に話しておくから、さっそく明日にでも面接に行くといいよ!」
 「ほんとう!」
 百恵は思わず叫んだ。
 「なになに?そんな話があったの!知らなかったの私だけ?モモって水くさいんだ!」
 彩香がふてくされると、それをうち消すように、
 「持つべきものは友だね!さあ、飲も飲も!」
 俊介は彩香に酒を勧め、百恵のグラスにもビールを注いだ。嬉しさと雰囲気に飲まれて、百恵は飲めないお酒を飲まされて、一時も経たずに酔いつぶれてしまった。覚えているのは家まで送ってくれた彩香の「明日面接、頑張りなさいよ!」という言葉と彼女の手を振る姿だった。