狐 (●START)
(一番星、みーつけたー)
(二番星、みーつけたー)
黄昏―――。
どこからともなく、星を数える童の声が、夜風を感じさせる清涼な空気とともに、僕の耳に流れ込んできた。
(三番星、みーつけたー)
(四番星、みーつけたー)
僕は、人の住む塵埃の世が、つくづく嫌になっていた。
生まれつき不運を自覚している僕は、幼年から今の今まで、幸運と呼ばれるものに出会ったことがない。根っからのお人好し故か、人に利用されるばかりで、いつも損ばかりしているのだ。
そういう時は、決まって人のいる街を離れ、過疎化の進んだ侘びしい農村などに来て、傷心を慰めるのが常だった。
そこには、人の手が加わっていない自然があった。
罵詈雑言とは無関係な、鳥や虫たちの静かな声があった―――。
それらの環境の中にいると、世の中の全ての出来事が馬鹿らしく思え、自分の悩みの小ささに気付き、心の不快の原因となっているものが、次第に浄化されていくのである。
今回、僕が、この小さな村に来ているのも、その口である。
友人の紹介で入会した英語講座ではあったが、無謀な金の取りたてと、それにそぐわない教育システムに対して解約を申し出たところ、莫大な解約金を取られたのである。最初は、甘くうまい話でその気にさせ、入会させたとなると、取れるだけの金を絞り取り、あげくの果てはこうである。奴等のいつもの手であり、奴等にとって、僕のようなお人好しは、もってこいの標的であるはずだった。
僕は、いつもの思いを、自然によって浄化させようと、この小村に来てみたものの、今回のそれは、そう簡単に癒えるものではなかった……。
星の数が、もう、見つけようとしなくても、おのずと目に入るようになってきた。
僕の隣には、少し前に知り合った、村の娘が一人、(●>>1)僕と同様、闇に支配されつつある景色を眺めながら座っている。年の頃なら十八、九、その娘盛りの風体は、寂れた村には珍しい、艶麗な顔の持ち主だった。
「お兄さんは、どうしてこんな小さな村に来たの?」
「嫌なことがあると、こうして自然を眺めたくなるんだ……」
「なにか、嫌なこと、あったの?」
僕が静かに頷くと、
「ふうん……」
娘は気の毒そうに僕を見つめた後、夜空を見上げた―――。(●>>2)
「この村にはね、むかし、狐が出たの」
話題の転換を図ろうとしたのか、ふと、娘が呟いた。
「キツネ―――?」
僕は話題に乗ってあげようと思ったが、心の痛みは、その程度のことで和らげるはずもなく、
「狐も人間も同じさ。だって、どちらも人を騙すじゃないか」
と、なお、悪循環を繰り返していた。
すると、彼女は怪訝そうな顔をして、再び夜空を見上げた。
飛行機のパイロットランプが、ゆっくり星と星の間を縫っていた。
規則正しく移動する光の点は、あるいは人工衛星だろうか。
娘は悲しそうにうつむいた―――。
僕は心配して、
「そろそろ帰らなくていいの?」
と、言うと、
「もう少し、一緒にいたい……」(●>>3)
彼女は細い指で黒髪をかきあげた後、闇に、深い沈黙の吐息を落とした。
気まずい雰囲気をかき消そうと、僕は、先ほどの彼女の話題を再び持ち出した。
「そう……、この村に狐が出たの?」
彼女は何も応えず、会った時よりも、もっと美しい顔で、いつまでも笑っているのだった。
(●>>4)静寂とした辺りに、童の歌い声が再び聞こえる……。
(九百九十八番星、みーつけたー)
(九百九十九番星、みーつけたー)
(千番星、みーつけたー)
(千一番星、みーつけたー)
(…………)
(●>>5) |