雷神の門 大運動会
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八百長合戦
はしいろ☆まんぢう作品  

 実は七日ほど前の時点で大道寺政繁は既に、幸村との間で戦わずして松井田城を明け渡す密約を結んでいた。しかも開城後は前田、北条軍に加わって、小田原討伐に参戦する意思まで伝えていたのである。当時の戦といえば、戦いに敗れれば切腹などしない限り勝者の陣列に加わって戦うのは普通のことだが、戦う前から敵陣の傘下に下ればそれは明らかに裏切りである。その調略を幸村はいとも簡単にやってのけた。なんのことはない──豊臣の世となった国内の情勢を丁寧に語り、北条家の置かれている立場や軍事力の差等、ありのままをそのまま伝えたところ、合理的に物を考える政繁の方からすり寄ってきたのだ。敵陣の寺に悠長に居住まっていられるのも、また、蓮を敵陣内に同行できたのもそのためなのだ。
 ところがそのころ小田原攻めの本陣豊臣秀吉はすでに箱根の山を越えており、
 「松井田城はまだ落ちぬのか!」
 と、その攻略の遅れに神経を尖らせていた。
 「急くのう……」
 と、最近の幸村の悩みはもっぱらそれだった。
 寺の本堂に通された大道寺政繁は、年の頃なら五〇代半ば、彼を含めて五人で訪れた政繁は、両脇に二人ずつ居並ばせるとそのまま胡坐をかいて座った。すぐ両隣りの二人は、おおかた嫡男直繁と若い方はその息子孫九郎で、残りは家老あたりの重臣だろう、せかせかと幸村に会いに来たのだ。虚無僧姿の虎之助はさっそく茶を立てもてなし、
 「幸村様はただいま身支度をしております。いましばらくお待ちください」
 と言い、五人を残して本堂を下がった。寺の境内では相変わらず蓮が毬つきに興じている。
 当の幸村は奥の部屋におり、身支度はすっかり終えているというのに、書物を読んだままいっこうに立ち上がろうとしなかった。飛猿がいないところを見ると、すでに真田昌幸の影武者探しに出て行ったと見える。
 「ただいま五人、茶菓子を出して本堂にて待たせております」
 障子の反対側で虎之助がそう伝えると、
 「うむ。魂胆がいまひとつ読めぬ。しばらく泳がせて様子を見よう」
 幸村は表情ひとつ変えずに読みかけの頁をめくった。
 そのまま一時(一時間)ほど経過したろうか。そろそろしびれを切らす頃合いを見計らうと、
 「虎之助、蓮を呼べ」
 と命じ、境内で毬遊びに興じていた蓮を奥の部屋に招き入れた。そしてちょこんと座わった蓮に、文机の下に置いた南蛮漆器の小櫃から一粒の飴を取り出し与え、
 「蓮や、遊んでいたところを悪かったが、あのおじちゃん達は何を話していたかい?」
 と優しく聞いた。政繁たちにしてみれば、まさか境内で遊んでいる童女にひそひそ話を聞かれているとは夢にも思っていないだろう。
 「なんか、カワゴエとか、ハチガタとか、コモロとか、ハチオウジって言ってた。なんか忘れちゃったけどあそこの土地も悪くないって言ってた」
 脇にいた虎之助が、
 「おおかた戦後の報酬の話しですな。拝領を申し出ようとしているのだ」
 と笑った。現に政繁は過去に河越城代を務め、松井田に来る前は信濃の小諸城を任された経歴を持つ。地の利を知る土地は、領土として自分のものにしておきたいところだろう。また、鉢形や八王子というのはこれから小田原に昇る際に経由する予定の地名であり、松井田に比べれば小田原に近く集落としても規模が大きい。その意図が見え見えではないか。
 「ほかは?」
 と幸村は更に聞いた。
 そもそも大道寺家といえば代々北条家に仕える古参の家臣である。政繁自身、氏康、氏政、氏直と北条三代に渡って仕えてきた。永禄十二年(一五六九)の武田信玄との三増峠の戦いや、天正十年(一五八二)、織田信長が本能寺の変で死んだ直後の織田方滝川一益との神流川の戦いでは、河越衆≠ニ呼ばれる軍団を率いて武功も挙げている。それが北条が危なくなったからといってこうも簡単に豊臣に鞍替えするその心が幸村には理解しかねた。政繁に対して懸念があるとすればそれだった。
 蓮は続けた。
 「オダワラにはまだ知られてないって。あのおじちゃんたち、人をだましているの? 兵隊さんが送られて来てなにか困っているみたい」
 「こりゃ小田原から無理難題を押し付けられたと見える。きっとその相談だ」
 虎之助は前触れもなく突然政繁が現れたことに合点した様子で頷く。蓮は更に続けた。
 「それから、幸村のおじちゃんを手玉にとってみせるって笑ってたよ」
 童とはいえ遠慮のない言葉に虎之助は冷や汗を流して幸村の顔色を覗き込んだ。
 「よし、会おう」
 やがて幸村は虎之助を従えてそのまま本堂へ向かった。
 開城交渉は忍びを通して書面にて行っていたから、実際二人が会うのはこれが初めてである。
 「いやぁ、申し訳ござらん。すぐにでも送らねばならぬ書状をしたためておりました。だいぶお待たせしてしまいましたな」
 「いや、なんの。こちらこそ突然お伺いしてしまいましたからな。事前に連絡しなかった当方が悪いのでございます」
 幸村より年の功が勝る政繁は、一層謙虚な姿勢でそう答えると、両脇に控える嫡男直繁と孫九郎を紹介した。
 「して、今日はどのような赴きで?」
 「それが……」と、政繁は目で直繁に合図すると、一通の書状を幸村に見せた。それは小田原の北条氏政からの下知で、上野国との国境の要、碓氷峠を死守せよとの主意が書かれたものだった。幸村は今更のように、
 「北国から豊臣の前田軍が北条を攻める。碓氷峠を越えて最初に突き当たるのが政繁殿の松井田城、北条の立場なら貴殿が守るのは当然の話。こんなことは端から承知の上で無血開城を約束されたのではないのか? そのような下知は捨て置けばよいではないか。一日も早く城を明け渡してもらわねばこちらが困る」
 「それがその……そうもできない事情ができまして……」
 と、政繁は小田原から一〇〇名の兵を引き連れて派遣されて来た凄腕の武将が松井田城に入城したことを伝えた。
 「その者の名は?」
 「与良与左衛門と申しまして、生まれは信州、元は武田に仕えていたようですが、なにせ馬術が達者な上に長槍の名手にございまして、気性が荒く、『戦はいつじゃ! 坂東武者の心意気を見せてやれ!』と盛んに騒ぎ立てるものですから、松井田城内に控えた二〇〇〇名ほどの者たちもついその気になって、日に日に抗戦の機運が高まっているのでございます」
 「ヨラヨラとすぐに倒れてしまいそうな弱そうな名じゃの。そんな者は毒殺でもなんでもして殺してしまえ」
 虎之助が他人事のように言い放った。
 「ただでさえいきり立っているのに、そんなことをしたら与良一〇〇名の派遣兵が暴発して大混乱です。私としては極力穏便に事を運びたい。何か良い手段はないかと、こうして真田様のお知恵を借りに来たのでございます」
 政繁の言葉に嘘は見当たらない。
 「それは困りましたなあ。こちらにも太閤秀吉様からしきりに書状が届いておりましてな。たった今も、付城を築いて攻撃を強化せよとの命令が来たばかりなのじゃ。そして直ちに松井田城周辺に火を放ち、篭城軍の士気を削いで兵糧攻めに入いれ──と。いかがしたものか?」
 幸村はうそぶいた様子でそう言った。
 「それはちょっとお待ちください」
 政繁は焦燥して苦笑いを浮かべた。
 なるほどこの大道寺政繁、表向きは勇猛な軍人のように見えるが、実質はどちらかといえば文人──というより商人としての気質が強い男だった。特に内政手腕に優れ、河越城代を務めていた頃は領内の治水事業をはじめとして、金融商人を積極的に登用したり、掃除奉行や火元奉行などを設けて城下の振興と発展に尽くした。また、八王子から日光へ至る後に千人同心街道と呼ばれる街道沿いに坂戸宿を開いたり、鎌倉代官としては寺社の統括にも尽力していた。
 幸村は少し困り果てたふうを装ったが、やがて妙案でも思いついたように、
 「その与良与左衛門とやらを抑えることができぬのなら、戦をするしかあるまい」
 と涼し気に言った。
 「それは困ります! 時世がこうなった以上、この大道寺駿河守政繁、豊臣と共に戦おうと決意しておりますのに、最初から勝ち目のない相手と戦いでもしたら松井田など壊滅です。後の戦いのために兵力は温存しておきたい」
 その焦り様に幸村は声を挙げて笑った。どうやら政繁に対して抱いた懸念は杞憂だったようである。「やはりこの男、小者だ」と思ったのだ。
 「戦をするといっても本気でするわけではない。戦う振りをするだけだ。実際戦うのは与良与左衛門と我が軍のみ。そなたの兵は勇敢に戦っている素振りだけ見せておればよい。そうよのう、見分けが付くように腕に白い布でも巻いておけ。我が軍には攻撃せぬよう伝令しておくゆえ。さすれば政繁殿の坂東武者としての名誉も守れるのではなかろうか?」
 「なるほど──八百長合戦というわけですか!」
 と、政繁は幸村の才に感心したように手を打った。と、すかさず目の色を変えて、
 「で……いまからこんな話も難ですが……この戦が終わった暁には──」
 幸村は蓮から聞いたことだとすぐに察しがついた。
 「知行のことであろう。分かっておる。川越だろうが鉢形だろうが小諸だろうが、あとは八王子か? 好きな場所を申せ。関白秀吉様に進言しておこう」
 政繁は「なぜ知っているのか?」と驚いたように直繁らと目を合わせると、
 「ありがたき幸せ! さすればこの政繁、身命を賭して戦禍を挙げて御覧に入れましょう!」
 と平伏した。
 「狸商人め──」
 虎之助は心の中であざ笑った。

 かくして、大道寺政繁と真田幸村が碓氷峠で八百長合戦を演じたのはそれから間もなくのことである。
 切り立った妙義山のふもと松井田坂本に、前田、上杉軍を迎え撃とうと大道寺政繁隊八〇〇の兵が集結した。腕にはみな白い布を巻いている。一方、前田、上杉軍からは真田幸村隊が本軍より一足先に威風堂々と姿を現した。それを坂本の町はずれの坂へ上からいち早く目撃したのは、一番槍で手柄を挙げようとしている血気盛んな武者である。馬にまたがり十文字の槍を提げて、頭上でブルンとひと振りすると、脇に抱えて磐根石という地籍の辻堂のある所で迎え立った。その勇猛そうな男こそ与良与左衛門──よもや松井田城主の大道寺政繁と敵将真田幸村が通じているなど露ほども思っていない。
 「拙者、北条家家臣与良与左衛門と申す! 信州で産湯をつかり、元来は甲州侍であるが、このたび小田原より加勢に参った! 我こそはと思う者は前に出で、いざ尋常に勝負!」
 と叫んだ。政繁隊の中で騎馬に乗っている者は与良だけだったので、その存在はひどく目立つ。すると幸村隊の中から一人の男が、
 「我れは真田家嫡男真田信幸が家人吉田政助と申す! お相手仕ろう!」
 と勇み出た。軍の中でも腕に覚えのある剣術の達人らしい。日本に鉄砲が伝来してより半世紀、天正三年(一五七五)織田信長による長篠の合戦で華々しいデビューを飾った火縄銃であるが、田舎の方ではまだまだ戦といっても平安時代以前の一騎打ちなどごく普通に行われていた。名乗り合った二人はつつつと前へ進み出て、互いの間合いを測って身構えた。騎馬上で槍を構える与良に対して、吉田政助と名乗った男は長い大太刀を握っている。
 間もなく「えいっ!」という掛け声と同時に槍と大太刀が火花を飛ばし、そこから一進一退のチャンバラ劇が始まった。与良と彼が率いる一〇〇名の兵だけは命を賭けた本気の戦闘である。その様子を見計らい、吉田政助やや不利と見極めた幸村は、近くにいた飛猿に合図を送った。それを受けた飛猿は、その場からすっと姿を消すと、まさにいま行われている一騎討ちが一望できる見晴らしの良い坂の上の高台にやって来た。そこには桑の木が生えており、木の根元ではひっそりと息をひそめて戦いの成り行きを眺める男が一人。
 「主水、やれ」
 飛猿が言った。その男は鉄砲の名手で名を富沢主水と言う。
 「本当にいいんですかい? あっちは正々堂々とやり合っているのに、ちと卑怯じゃありませんかね?」
 「戦に卑怯もヘチマもないわい! いいからやれ」
 「へえ……」
 と、富沢主水は桑の木を台にして、火縄銃の筒先を与良に向けて身構えた。次の瞬間、パンッ!という大きな破裂音がしたかと思うと、騎馬の上からまさに最後の一撃を喰らわそうと十文字の槍を頭上に構えた与良の脳天から一筋の鮮血が飛び散り、その身体が大きな音を立てて馬上から落ちた。
 「なにがあった?」
 と、一騎打ちに歓声を挙げていた者たちは固唾を飲んで、しばらくは無言の空気を作り出したが、それが与良与左衛門の最後であったことを悟ると、与良を大将に担ぎ上げていた小田原派遣の一〇〇名の兵たちは、大声を張り上げて一斉に幸村隊に突進して来たのだ。
 磐根石の通るだけでも困難な狭い場所は、瞬く間に大乱闘の戦場と化した。ところが与良隊の背後に控えていた腕に白布を巻いた政繁隊はといえば、手にした太刀で空気を斬っていたり、突っ込む振りをして引き返したり、鉄砲を握る者は空に発砲したりと、大声ばかりを発して賑わせ役を演ずるばかり。こうなっては多勢に無勢、最初の与良隊の勢いも束の間で、アッと言う間に鎮圧させられた。
 こうして真田幸村は、自らの手を汚すことなく敵を追い崩して名を挙げる。
 その後手筈通りに、大道寺政繁が内外に降伏を表明して松井田城を明け渡したのが四月二十日のことだった。その後政繁は前田軍の一員として、各地で大暴れすることになる。