雷神の門 大運動会
> 第1章 > 贄川にえかわの宿
贄川にえかわの宿
 一日歩き通した二人は、御嶽山おんたけさんの頂に沈む夕陽を見た。どうやら中山道を進んで、いつしか信州は木曽谷にたどりついたようだった。二人は歩みを止め、夕日で色をあかく染めた深い雪が降り積もるだだっ広い平地に、そのまま身体を投げ出し一番星が輝く空を見上げた。
 「空は広いのう……」
 小太郎が言った。
 「これから俺たちは、どうするつもりじゃ?」
 末蔵すえぞうは疲れ切り、肩で息をしながらつぶやいた。
 「上田にでも行ってみようかな……?」
 信州上田には真田昌幸がいた。去る天正十三年(一五八五)、徳川家康と北条氏直は真田氏の制圧を図って信州上田に八千の兵を送り込んだ。ところが、それに対して昌幸は、わずか二千にも満たない兵力で迎え撃つが、実に四分の一の勢力をして徳川軍に圧勝したのである。この上田合戦を機に、真田氏の名は全国に知れ渡っていた。
 小太郎には小能制大(小よく大を制す)≠フ美学がある。信長の伊賀攻めにおいても、あれはけっして勝てない戦ではなかったと本気で思っていた。ただ信長の謀略ぼうりゃくに敗れたのだと信じて、それさえ読み切っていれば絶対に勝てたと、小太郎の根拠のない自信は、若さと無知からくる青年の特権だったろう。
 「真田は信玄についていた頃から、忍びの者を大事にしていると聞く。ひょっとしてわしの忍術も高く買ってくれるかもしれん」
 「真田かあ……。でも信長系の武将じゃないか。俺たちのかたきじゃ」
 「信長は鬼じゃ。だが、その傘下さんかの武将も鬼だとは限らん」
 「妙な理屈じゃの。しかしお主はいいよ、忍びの術ができるから……」
 末蔵はうらやましそうにつぶやいた。
 「お前だって声色こわいろができるではないか」
 「いや、俺は忍びには向いとらん。根っからの焼き物職人じゃ」
 「ならば朝鮮にでも渡るか?あの国は陶芸が盛んだというではないか。わしにはちっとも理解できんが……」
 小太郎は馬鹿げた話だと言わんばかりに末蔵に背を向けた。ところが末蔵ときたら「朝鮮か……」と、まんざら夢物語でもないかのように笑った。
 そのとき小太郎の腹が「ぐうっ」と音をたてた。
 「腹が減ったのう……」
 「贄川にえかわの宿場まで行くか?あそこには湯が湧いていると聞く」
 二人は突然なにかを思い出したように起き上がると、童子が鬼ごっこでもするように、中山道をそのまま東上していった。
 木曽の山間やまあいうように走る中山道の宿場町は、すべて木曽川に沿ってある。小太郎たちが向かった贄川宿にえかわじくは、美濃から向かえば木曽路最後の宿場で、そこを越えればもう塩尻だった。
 古くは温泉が湧いていたため『熱川』とも書いたとされるが、現在はすでに枯れてその形跡はなく、また『贄』とは、諏訪神社の供物に土地で獲れたさけますなどを供進したことから付けられたとも言われるが、江戸時代には女改めの関所として、また、木曽で伐採されたひのきなどの材木の密移出を取り締まる白木改めの関所として、木曽谷北側の重要な役割を担ってきた。
 女改めとは江戸幕府が始めた制度であるが、参勤交代で江戸にのぼった大名の妻子が国元へ逃げ出すことを警戒したもので、女手形には通行人の数や乗物の有無、その他出発地と目的地のほかに、禅尼ぜんに、尼、比丘尼びくに、髪切、小女の区別を明記することが義務づけられていた。そして関所には改め女という者がいて、そこを通る女性を取り調べるのである。
 贄川の関所にもこんな記録が残っている。病気の母親を見舞うため、娘を男装させて国元へ連れ帰ろうとした男が、この関所で見破られて断首されたと。いずれにせよ小太郎たちがいた時代にはまだそんな決まりはなかったろうが、女性の旅自体まだまだ非常に珍しいことだった。
 すっかり夜も更け、贄川の宿場にたどりついた小太郎と末蔵は、いくつか立ち並ぶ旅籠はたごの一軒に、すっと迷わず「宿をお頼み申す!」と入り込んだ。
 「なぜここにした?」
 と、旅籠の入り口に入って末蔵が小声で聞くと、
 「女よ。ほれ、女物の草履ぞうりがあるだろう」
 見れば客人用の下駄げた置きに、薄紅色うすべにいろ鼻緒はなおの草履がきれいに置かれていた。真冬の旅である。男連れには違いなかろうが、女の旅姿は目の保養にはなる。
 「まったくお前は目ざといのう」
 「あわよくば……」と勝手な想像でにやける二人は今、青春まっさかりなのだ。
 「さっ、どうぞどうぞ」と中から女将おかみらしき中年の女が出てきて、給仕に二人を部屋へ案内させた。
 「とりあえずめしをくれ!食ったら湯に浸かりにいく!」
 小太郎は腰の刀を抜くと、そのまま畳の上に大の字に寝転がった。
 「おとなりさんは女連れかい?」
 末蔵がすかさず聞いた。「それよ!」と、小太郎は耳をそばだてた。
 「はい。なんでも善光寺さんにお参りに行った帰りだとか」
 「女は若いか?」と続けざまに、上半身を起こして小太郎が聞いた。
 「は、はい」
 「器量はどうじゃ?」と、今度は二人口をそろえて聞いた。阿吽あうんの呼吸とはまさにこのことだ。
 「そんなこと知りません。ご自分でお確かめになれば?」と、給仕は「へんな客ね!」とは言わなかったが、「ただいまお夕飯をご用意します」と、そのまま不愛想ぶあいそうに部屋を出た。
 二人は隣部屋の女がどういった容姿か気になって仕方がない。そこである作戦を講じた。末蔵に先ほどの給仕の声色をさせ、女を部屋の外に呼び出して確かめようというのである。さっそく小太郎は音もなく、部屋の廊下から死角になる物陰に隠れ、末蔵は廊下と女の部屋を隔てる引き戸の前に立ち、寸分たがわぬ給仕の声で、
 「お連れの女の方に甘菓子をお持ちしました」
 と言って、すかさず小太郎のいる物陰に一緒に潜んだ。
 しばらくすると中から「はい」という透明感のある女の声がしたかと思うと、引き戸が開き、そこにこの世のものとは思えないほどの美しい女が顔を出した。年の頃なら二十歳前後、浅葱色あさぎいろ小袖こそでを着た身体は細く、袖からのぞかせたか弱そうな二本の腕は真っ白で、二人は思わず生唾なまつばを呑み込んだ。女はそこに誰もいないことに首を傾げ、すぐに戸を閉じて引っ込んでしまったが、俄然がぜん、小太郎と末蔵の気持ちは躍った。
 ところが末蔵には女より食器の方が気になるらしく、間もなく用意された川魚の膳を食いながら、しきりに器の漆器をほめたたえていた。そして食事を終えた二人は食休みもそこそこに、「湯に行こう」と手拭いを借りて宿を出た。
 贄川の湯は今となってはその効能を知る由もないが、寒い木曽の冬、長旅の疲れを癒すには十分だった。二人は気持ち良さそうに、小太郎は隣部屋の女のことを、末蔵は先ほど食べた膳の料理に使われていた紅と黒の漆器のことをそれぞれ考えていた。そして、
 「それにしてもあれは綺麗じゃった……」
 と、ぽつんとつぶやいた末蔵の言葉は、小太郎の競争心をあおるに余りあった。
 「おい、お前!ぬけがけは許さんぞ!」
 末蔵は驚いた顔で小太郎をみつめたが、すぐに誤解であることを領解りょうげした。
 「お主、なにを妄想しておる?俺が言ったのは先ほどの膳の器じゃ」
 「阿呆め!たかが茶碗や皿に、綺麗≠ネんて言葉を使うものか!わしは……」
 小太郎の言葉をさえぎって、末蔵は器の美について語り始める。こうなったら止まらない。
 末蔵の語るところによれば、吸い物の入っていた椀の曲線が特に美しかったという。そして米を盛った椀の握り心地といい、うるしを重ねて出した黒色と紅の色合いといい、あれは熟練の職人が作り出した芸術だと興奮気味である。木曽漆器が全国に出回るようになったのは江戸中期以降のこと。しかし良質な檜をはじめとする木材や漆の木が育つことから、木曽谷では当時から陶器より漆器を用いることが多かった。焼き物職人の末蔵にしてみれば、それはカルチャーショックでもあり、「俺もあんな茶碗を焼いてみたい」と盛んに言った。小太郎は欠伸あくびをしながらその話に付き合うが、茶器や食器などの器の話になると、どうにも手が付けられない末蔵であった。
 と、その時、二人しかいない温泉に、無造作に入り込むひとりの男があった。
 暗い上に湯煙があがっていてよく見えないが、それは背の低い猫背の、きゃしゃな割に隆々とした筋肉を持つ、どちらかといえば人間というより山猿に良く似た顔の男であった。小太郎にはすぐに分ったが、昼間に彼を見たならば、その顔は酒を飲んだように真っ赤だった。咄嗟とっさに小太郎の野性的な勘は、
 「ただ者でないな……」
 と思わせた。それは男の右肩から左腹部にかけて、大きな刀傷があることを見逃さなかったからだ。しかし、水蒸気を吹き出すような音の息をゆっくり吐き出しながら、気持ちよさそうに全身をお湯に浸かる男のすきだらけの仕草を見て、すぐにその考えを打ち消した。赤猿あかざる≠ニは、そのとき小太郎が付けたあだ名である。
 最初その赤猿に気をつかい、漆器の話を中断していた末蔵だったが、やがて湯に一人増えた雰囲気にも慣れてくると、再びその漆器談義を得意げに語り出した。そうして暫く話していると、途中から赤猿が親しげに話に割り込んできた。
 「木曽漆器に興味をお持ちでござるか?」
 顔からすると四十代とも六十代とも想像できたが、声から判断すればまだ二十代後半の精悍せいかんな青年のようだった。そして赤猿の芸術に対する知識も豊富で、末蔵さながらに漆器や陶器や磁器の美しさの違いなどを理論的に述べたかと思うと、末蔵にむかって、
 「ならば京の本阿弥ほんあみ光悦こうえつ先生に一度会うといい」
 と、さも旧知の友人でもあるかのように本阿弥光悦を紹介したのだった。途端、末蔵の目の色が変わった。いくら片田舎育ちでも焼き物職人のはしくれ、文化の最先端をゆく彼の名くらい知っていた。
 「そなた、本阿弥光悦先生のお知り合いか?」
 「いや、知らんでござる……」
 一瞬の期待を裏切られた末蔵の語気は荒くなり、世の中の光悦の評判を知りうる限り並び立てた後、「所詮しょせん雲の上の人だ。俺なんか到底相手にしてくれまい……」とつぶやいた。
 「見たところまだお若いのに実に惜しい!そんなに志が低いようではすでに将来も見えておるぞ。お主も青年ならば大志を抱け!光悦など雲の上から見下ろす大きな人間を目指したらどうでござる?」
 赤猿のその言葉は非常に穏やかであったが、図星の末蔵のかんに触れた。思わず「なに!」と、柄にない怒声を発して立ち上がったが、赤猿は末蔵の股間のモノを見て「まだまだ子供だの」と声高に笑った。
 先ほどから話に入り込めず、湯に浸かったまま無言で夜空を見上げていた小太郎だったが、いつにない末蔵の剣幕に、「落ち着け!」と後ろでなだめ、話題を変えようとして「貴公はどこの宿にお泊りか?」と聞いた。赤猿は相変わらず穏やかな口調で、
 「木槿屋むくげやといったかな?」
 と答えた。木槿屋といえば先ほど飯を食った宿も同じ名である。
 「ならばわしらと同じではないか!」
 「ほう、そうでござったか。なあに善光寺参りの帰りよ。木曽に入った途端に日が暮れ、冬の旅路、女連れゆえあそこに宿をとったでござる」
 と聞いて、小太郎と末蔵は顔を見合わせた。
 「とすると、貴公はあの娘の親父さんか?」
 「娘……?おお、菖蒲あやめのことでござるか」
 「アヤメ?あの娘、菖蒲というのか!」
 「なかなか綺麗なおなごでござろう?だが拙者の娘ではござらん。嫁でござる」
 「なにい!」と、今度は思わず小太郎の方が「こんな部細工な赤顔の男と、先ほど垣間見たあの可憐な娘が夫婦なんて信じられん!」とばかりに、ショックを隠し切れずに勢いよく立ち上がった。赤猿は小太郎の股間のモノを見て、末蔵のときと同じように笑った。
 ふいに恥ずかしくなった二人は再び湯の中に身体を浸すが、ばつが悪いというか、険悪な雰囲気というか、両者の間に作られた溝は、しばらく冬夜の静寂な空間を生み出した。しかし話す相手がいるのに何も話さないというのは、どちらかというとおしゃべりな小太郎には耐えられない。いつもの人懐っこさで、
 「ところでお主のその身体の刀傷、いったいどうされた?」
 と聞いた。赤猿は、
 「なんじゃ、見られていたでござるか。ずいぶん目ざといの……」
 と、少し警戒したように、「冬になるとこの古傷が痛み出して仕方がないのでござる」と、その訳を淡々と語り出した。赤猿の話はらちもない。なんでも今の嫁は去る豪商の家に奉公していた町娘で、そこに出入りしていたこの赤猿といつしか恋仲になったが、そこの若旦那が密かにその娘をものにしようと企んでいた。そのことを知った娘に「恐い」と打ち明けられた赤猿は、いわゆる駆け落ちをしようと手を携えて逃げ出した。しかし、追っ手に追いつかれてばっさり斬られたのだと、昔の武勇を誇らしげに語った後、
 「その娘が菖蒲でござる」
 と、さも幸せそうに哄笑した。そういう出来過ぎた物語を聞くと、話の筋に嘘がないか、また、矛盾がないか、必ず検証するのが小太郎の忍びとしてのくせというよりさがだった。
 「しかし追っ手に斬られたのなら、傷は背中にできるはずじゃないか」
 「拙者も必死だったゆえ、よく覚えておらんのでござる。咄嗟に菖蒲を守ろうと敵に正面をむけたのであろうな」
 「それに斬った相手は左利きだな。右利きならば傷は左肩から右腹部にかけてできるはずじゃ。お主のは逆じゃ。左利きの使い手はそう多くはない。それにそんな深手を負ってよく生き延びることができたものじゃ?」
 と言いながら、小太郎は自分の父が左利きだったことを思い出した。
 「運よく通りがかりのお侍さんに助けられましてな……」
 「お主も侍ではないのか?さっきからござる、ござる≠ニ言うておる」
 赤猿は「やけにしつこいな」という表情を作り、
 「拙者はしがない商人でござる。しかし今は戦乱の世、拙者にとていつ侍になる機会がめぐってくるやもしれんでな。豊臣秀吉様だってはじめは信長様の草履取りだったと言うではないか。今から侍のように振る舞っておかねば、その時になって困るでござる。人間いくつになっても大志を抱いておらねばな!」
 そう言うと赤猿は「菖蒲がさみしい思いをしておるといかん」と、高笑いを残して湯からあがっていった。小太郎と末蔵は、湯煙に消えていくその小柄な姿を見送った。
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