雷神の門 大運動会
> 第1章 > 伴天連追放
伴天連追放
はしいろ☆まんぢう作品  

 筥崎宮から博多湾沿いを西へ二里ばかり行ったところに姪浜があった。そこは当時キリシタンの町があり、右近はそこの小さな教会に陣を張っていたが、小太郎が菖蒲を伴って姿を現したのは間もなくの事である。
 妹との久し振りの再会に右近は顔をほころばせたが、それも束の間、遠くを見るような目で深いため息を落とした。
 「気分がすぐれないようですが……いかがされました?」
 菖蒲はその目の奥に潜む大きな不安を見て、ただならぬ事態が起こっていることを察した。
 右近は「コエリュ神父がのう……」と言いかけたが、「いや、テレジアが知ったところでどうなるものでもない」と、今度は隣の小太郎に目を向けて、
 「そうじゃ、関白様がそちに褒美を取らすと申して、この刀を拝受した。大切に使いなさい、“正宗”だそうです」
 と、南蛮船の上でポルトガルの大男と闘った際に秀吉が小太郎に投げ渡したあの太刀を手渡した。忍び刀としてはやや長いが、名刀『正宗』と聞いて小太郎の心は踊った。
 「さすが関白秀吉じゃ、気前がいいのう!」
 と遠慮の微塵も見せずに受け取るが、
 「そろそろ洗礼を受けてはどうか?」
 と迫るので、「用があったらまたお呼び下され」と、そそくさと小太郎はその場を立ち去った。
 「兄上も妙な男を雇ったものですね」と菖蒲が言えば、
 「まだ雇ってはおらぬわ。お前が目当てで仕えたいと来たのじゃ。だから洗礼を受けたら雇うと言うた。まあ入信も時間の問題だろうが、お前からも誘ってやりなさい」
 「なかなかの曲者ですよ」と菖蒲は小太郎の後姿を見送った。
 それから暫く菖蒲は右近のところに留まることになる。暇をもてあそぶ小太郎は、しょっちゅう彼女のところに顔を出しては、贄川で会った赤猿のことや、なぜ真田に仕えるようになったかなどを執拗に聞き出そうとしたが、そのたび適当にあしらわれ、やがて話す事が尽きてしまうと埒もない世間話をするようになった。その時も庭の野草を摘んでいる菖蒲を見つけて、「何をしておるのじゃ?」と近寄り、開口一番、
 「百合の花か。菖蒲殿も割としおらしいところがあるのう」
 と冷やかした。
 「これはマドンナリリー、純潔の花じゃ。キリスト教では聖母マリア様の花と言う」
 と、菖蒲はその純白の花を優しく手に包み込み、そっと上品な鼻先を近づけた。
 「わしは花菖蒲の方が好きじゃ。良い香りがして邪気を払う。菖蒲殿の花じゃ。ほれ、あそこにもある」
 小太郎はそこに行き摘み取ろうとしたが、花の盛りは既に終わり、萎れて枯れた花びらを残すのもわずかだった。すると菖蒲が言った。
 「私は嫌いじゃ。黒だか紫だか分からぬ霞がかった色をして。いっそ真っ黒に咲いてくれれば少しは諦めもつこうに。私はこの真っ白なマドンナリリーになりたかった……」
 その悲しげな横顔は、彼女の中に潜む闇の部分を映しているように見えた。その視線に気づいた菖蒲は、
 「どうじゃ、少しは洗礼を受ける気になったか?」
 と話をそらす。
 「またその話か」と呆れた小太郎は、このところ毎日、菖蒲ばかりでない右近にも同じことを言われ続けているのだ。
 「お主は私に惚れておるのではないのか?」
 菖蒲はまた、以前彼に迫った夜と同じ妖艶な表情を浮かべて、怪しげな色香を漂わせた。
 「惚れておるが、それとこれとは話は別じゃ」
 「ではあれは嘘か? お前は以前、私に忠誠を誓うと申したではないか」
 「嘘ではない」
 「ならば私の言うことに従え」
 「うむ、分かった、従おう……」
 「では今日にでも洗礼を受けるぞ」
 「仕方がない。菖蒲殿にそこまで言われたら従うしかあるまい」
 小太郎はそれまで拒み続けてきた頑なな心が、いとも簡単に融けていくのを感じながら、本気とも冗談ともとれる口調で呟いた。
 とそこへ、
 「右近はおるか?」
 馬を飛ばした小西行長が血相を変えてやって来た。
 「兄上なら中に。それより小西様、たった今この小太郎が入信の決意を固めてございます。これより教会へおもむき―――」
 「なんじゃお前、まだいたのか?」と菖蒲の話もそこそこに、行長は小太郎を一瞥してぶっきらぼうに言ったまま、
 「そんなことより右近はどこじゃ。えらい事になってしまったわい!」
 と、馬を飛び降り、陣所になっている建物の中へ走って行く。菖蒲も尋常でない様子に肝を冷やし、その後を追いかけ右近を呼び出した。
 「小西殿、そんなに慌てていかがなされた?」
 私服姿の右近が姿を見せると、息せき切って行長は、懐から一通の書状を取り出した。
 「これは?」
 「秀吉様がコエリュ神父に宛てた詰問書じゃ。これからわしは、これを神父に届けにゃならん……さて、困った、困った……」
 右近は書状を手にし、「ちと、よろしいかな?」と中身を確認すれば、その表情がみるみるこわばっていき、やがて身体がワナワナと震え出すのが見てとれた。その内容はこうである。

一、汝ら耶蘇衆は何ゆえ仏僧のように寺院内だけの説法にとどまらず、全国の者まで煽動するのか? これより伴天連は下九州に留まり、今までのような布教はしてはならない。もし不服とあらばマカオへ帰りなさい。
一、汝らは何ゆえ牛や馬の肉を喰らうのか?
一、これまで商人たちが奴隷として連行した日本の民を本国に連れ戻しなさい。
一、もしこの要求が受け入れられなければ、すぐに伴天連衆を追放する。

 それは詰問書というより命令書だった。行長は右近の顔を伺いながら、
 「もうじきお主のところにも、これと同じような詰問書が来るはずじゃ。それまでに考えを整理しておけ……と言っても無理じゃろうが、覚悟はしておいた方がよい」
 と、深いため息を落として立ち去った。
 その夜、行長が言った通り、右近のもとに秀吉からの使者が来た。その使者とは右近の茶の湯の師でもある千利休で、彼は秀吉の九州征伐に同行して博多にいた。右近は菖蒲に茶を立てるよう命じると、利休を応接用にあてがっている小さな部屋に案内し、
 「さて、突然利休様がかような所にいらっしゃるとは、いかがな赴きでしょうや。ご覧の通りの仮住まい、ろくなおもてなしもできませんが、ただいま茶を立ててございますので、暫くお待ちください」
 と対座した。無論用向きの察しはついたが、使者に秀吉側近の利休を使うとは、秀吉にとっての右近の重要さを物語っている。利休はやや神妙な面持ちで、
 「実は右近殿にとっては、あまり良くない知らせをお伝えしなければなりません」
 と言った。そこへ襖が静かに開くと、茶を持った菖蒲が現れ、利休は右近を気遣って話すのをやめたが、当の右近は、
 「妹のテレジアににございます。お気兼ねなく」
 と続けると、菖蒲に向かって、
 「今、この時の私をよく見ておきなさい」
 と静かに言った。すると今度は天井を気にかけた利休は、
 「天井裏にもネズミが一匹いるようですが……」
 案の定、天井裏には事態を重く感じた小太郎が、いつものように盗み聞きしようとじっと息を潜めていたのであった。勘付かれるなど思いもよらない小太郎は、「ハッ」と天井板から耳を離し、利休の感の鋭さに舌を巻く。右近は小さく笑うと、
 「きっと私に仕える忍びの者でございましょう。害を加えることはありませんので、こちらもお気兼ねなく」
 と言った。利休は静かに頷くと、ようやく秀吉から託された右近宛の詰問書を取り出し、やがてゆっくり話し始めた。要約するとこうである。
 『予は右近の説得で身分ある武士や武将たちの間に伴天連の教えが広まっていることを非常に不快に思っている。兄弟でもない者たちの団結は、天下に累を及ぼすに至ることが案ぜられるからである。加賀国をはじめ全国各地で反乱した一向宗の習いが隠しようのない事実であり、本願寺の僧侶には天満の地に寺を置くことを許しているが、一向宗には許したことはない。ましてや国郡や領地を持つ大名が、その家臣達を伴天連に帰依させようなどありえないことである。 高槻、明石の者をキリシタンにし、また寺社仏閣を破壊したことは理不尽極まりない悪行である。よって今後とも大名の身分に留まりたければ、直ちに信仰を捨てよ。』
 覚悟はしてはいたが、右近は次の言葉は見つからなかった。そして脇に単座する菖蒲もまた、何か言いたげな様子で右近を見つめているだけで、利休も、
 「関白様にはいかにお返事をお伝えいたしましょうか?」
 と言ったきり、暫く無言の時が流れた。
 ようやく右近が口を開いたのは、菖蒲の入れた茶がすっかり冷めてしまった頃である。
 「前にも一度、武士を捨てる覚悟を決めたことがございます。私が高槻にいる頃、あの時は織田信長様でございました。高槻のキリシタンを守るためには、そうするより仕方がないと考えたのでございます。確かに私は高槻や明石の家臣たちをキリスト教に導きましたが、だからといって関白殿下を侮辱した覚えは全くございません。それでも信仰を捨てよと言うのであれば、例え全世界を与えられようと承諾いたし兼ねます。デウス様のこと、及びその教えに関する限りは、一点たりとも変えるわけには参らぬ故、私の身柄、封禄、所領につきましては、関白殿下のお気に召すようお取り計らい下さい」
 利休はその潔さに感服したが、これほどの人物を失う損失を惜しんだ。
 「どうだろうか? 今の言葉をそのまま関白様にお伝えしたのでは、怒りを買うのは目に見えています。ここは表向きだけでも関白殿下の意に沿うようご返答されては? 私の見たところ、関白様はそうお望みの節もございます」
 「意に添うとは信仰を捨てることでございます。口先だけの嘘など申せません」
 屋根裏の小太郎は、菖蒲の色香にほだされて、洗礼を受けると言った自分を顧みて苦笑した。
 「本当にそのままをお伝えしてよろしいのですな?」
 「はい。よろしくお願い申し上げます」
 と、右近は深々と頭を下げたのだった。
 ところがそれから暫くして、再び利休がやって来て、新たな秀吉の言葉を伝えた。それは、
 「所領は没収するが、熊本に転封した佐々成政に仕えることを許す。それでなお信仰を捨てないのであれば、今日本にいる宣教師と一緒に外国へ追放する」
 というものであった。つまり信仰さえ捨てれば武士でいることを許すと言うのである。
 しかし右近は、必死の利休の説得をも拒み、
 「この信仰が、師である利休様や、君である関白秀吉様の命令より重いかどうかは分かりませぬが、武士というのは一度志した事は曲げるものではないと存じます。たとえ師君の命と言えども、志を変えるのは不本意にございます」
 と、毅然と言い放ったのである。それを聞いていた小太郎はひどく感心し、利休が帰ったあとで右近の前に跪くと、
 「拙者、胸を撃たれ申した。我ら忍びの世界に武士の義などはございませんが、やはり右近殿は、キリシタンである前に武士でござったか!」
 と言った。すると、
 「あれは利休様を納得させるための便宜です。人の基が魂であるなら、武士などただの飾りにすぎません。人の真価は着ている衣を全てはがして、ようやく見えてくるものではないかな?」
 小太郎は己にとっての衣とは何か、魂とは何かを考えた―――。
 こうして天正十五年(一五八七)六月十九日夜、フスタ船で眠っていたモンテイロとコエリュのもとに、世にいう『伴天連追放令』が届けられたのである。日本にキリスト教が伝来してよりおよそ三〇年、まさに晴天の霹靂とも言える事態であった。

 定
日本ハ神國たる處、きりしたん國より邪法を授候儀、太以不可然候事。
其國郡之者を近附、門徒になし、神社佛閣を打破らせ、前代未聞候。國郡在所知行等給人に被下候儀者、當座之事候。天下よりの御法度を相守諸事可得其意處、下々として猥義曲事事。
伴天連其智恵之法を以、心さし次第二檀那を持候と被思召候ヘバ、如右日域之佛法を相破事前事候條、伴天連儀日本之地ニハおかせられ間敷候間、今日より廿日之間二用意仕可歸國候。其中に下々伴天連儀に不謂族申懸もの在之ハ、曲事たるへき事。
K船之儀ハ商買之事候間、各別に候之條、年月を經諸事賣買いたすへき事。
自今以後佛法のさまたけを不成輩ハ、商人之儀ハ不及申、いつれにてもきりしたん國より往還くるしからす候條、可成其意事。
 已上
 天正十五年六月十九日     朱印

 おおよその大意はこうである。

一、日本は神の国であるから、キリスト教は邪法であり布教してはならない。
一、大名は天下の法律に従うべきで、一時的にその領土を治めているだけなのだから、土地の民を信者にし、寺社を破壊することはあってはならない。
一、キリスト教の信者を増やそうと考えるのは日本中の仏法を破ることになり、日本にキリスト教徒を置いておくことはできないので、宣教師は今日から二十日以内に自国へ帰ること。キリスト教徒でありながら違うと言うのはけしからぬことである。
一、商売をする貿易船の出入りはこれとは関係ないので今後も続けること。
一、これからは国法を妨げるのでなければ、商人でなくとも日本に来ることは問題ないので許可する。

 この布令により一夜にして高山右近は国賊になった。己にとっては一信仰者の信念を貫いたわけであったが、ただひとつ心残りなのは、ここまで自分について来てくれた家臣たちの今後の身の上である。中には信仰の日もまだ浅い者もおり、眠れぬ夜を過ごした彼は翌朝、家臣達を集めてこう言った。
 「私は我らの主なるデウス様の名誉と栄光のために、長年待ち望んでいた苦しみを味わえる機会が与えられたことは返って喜ばしいことである。皆の者が危険に身命を捧げて私に尽くしてくれたことに感謝するが、それに報いることができない身の不甲斐なさに悔いるのみである。それは全能なるデウス様の偉大な御手に委ねるしかないことを分かってほしい。皆の者は主の教えをわきまえているだろうから、来世においてはその報いとして無限の栄光と財宝を与え給うだろう。どうか勇気をもって信仰に励み、自ら範を示し、良きキリシタンとして生きることを望む。皆の者には妻子や家族もあろう。私の友人の中には、皆の者を喜んで迎え入れてくれる武将もいるだろうから、これからはその者を頼っていくがよい」
 右近の突然の言い渡しに、呆気にとられる者も、理解できない者も、泣き出す者もおり、中には「死ぬまでお供仕る!」と髻を切り落とす者もいたが、この日をもって右近の家臣団は解散した。
 やがて小西行長はじめ黒田官兵衛、その他右近と親しくしていたキリシタン大名達が次々と彼のもとに訪れ、口々に「考え直せ」と言った。しかし右近の固い決意を知ると、「これからどうするつもりじゃ?」と心配に変わった。しかしそれは彼自身が一番知りたい事であり、
 「こうなった以上、もうここにはおれぬことは分かっていますが、かといってどこに身を潜めて良いかも分からぬ。どうしたものだろうか?」
 と呟いた。
 「ならばここからも見えるあの能古島に暫く隠れていてはどうか?」
 と黒田官兵衛が提案したのに続き、
 「それはいいかも知れん。わしはいま博多町割り奉行の仕事が忙しい故、そちらが落ち着いたら淡路島へ行こう。それまでそこにおれ」
 と行長も賛同して、右近は従うことにしたのであった。そうして菖蒲と二、三名の家臣を引き連れて、その日のうちに小船に乗り、追われるように姪浜を後にする。小舟が浜を離れようとする時、
 「小太郎君、雇ってやれずに申し訳なかった。こういう訳だ。でも私より立派な大名はたくさんいます。良い仕官先が見つかるよう祈っています」
 と、右近は最後に小太郎にそう言った。その悲しげな目を見たとき、思わず小太郎はその小舟に飛び乗った。
 「お伴つかまつる!」
 小太郎にも分からなかった。右近はもはや大名ではなく、社会的に見れば一介のキリスト教信者に成り下がったのである。そんな男に仕えたところで、立身出世の夢はおろか、身につけた忍びの術を活かせる場さえないことも知っていた。それでも小舟に飛び乗ったのは、右近の隣に寄り添う菖蒲の、無機質とも思える透明な瞳を見たからであった。
 この後、右近は小西行長を頼り、彼の所領であった小豆島に身を隠す。更に翌天正十六年(一五八八)には、旧知の前田利家に引き取られ、加賀藩の客将として金沢で過ごすことになる。
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